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    事故車修理専門誌記者から見た ビッグモーターによる保険金不正請求問題の病理と防衛策

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    2023/07/29


     中古車販売大手ビッグモーターが顧客から預かった車両を意図的に傷つけるなどして保険金を不正に得ていたことを、ついに公の場で認めた。


     保険金不正請求は非常に罪深いものだ。保険会社は支払保険料が増えれば、自動車保険全体の料率を見直すことになっているからだ。つまり、不正請求で本来支出すべきでない費用が支払われると、周り回って、全ての自動車保険加入者に影響が出る。中古車販売大手として自動車保険(自賠責、任意を含む)も取り扱っていた同社が、その原理原則を認識していなかったはずはなく、組織的かつ常習性が高い振る舞いは自動車保険制度に対するそれこそ冒涜であった。


     目下、保険会社各社は不正請求案件の洗い出しと不当に下がった等級の回復に全力を挙げている。繰り返すが、不正に請求された保険金の回収と等級の回復は一次的被害の救済に過ぎない。しかしながら現実的に見て、二次的被害を被ったことになるすべての自動車保険加入者が救済されることはない。それどころか、今般の不正請求に関する事務経費さえ保険料率に影響を及ぼしかねない。それが、今回の事件の理不尽かつやるせないところだ。


     その病理は一体どこにあるのか、事故車修理の見積りソフトの開発や、鈑金塗装工場向け専門誌の記者の経験がある筆者の視点を紹介する。

    ■保険を販売する側が保険金を受け取る仕組みが問題


     今般の保険金詐欺事件の最大の病理は保険を販売する者が、保険金を受け取る立場でもあったことに尽きる。


     ビッグモーターは中古車販売の傍ら保険代理店として自賠責保険や任意保険を受け付けていた。ビッグモーターの近年の年間販売台数は15万台ほどで、車検と合わせて保険の販売成績はトップクラスであったことは想像に難くない。


     車で事故を起こし、保険を使って修理するとき、保険会社は事故の調査を行う。その調査には事故状況の調査もあるが、車両が受けた被害を確認し、損害金額を確定する作業も含まれる。その車両が受けた被害を調査するのが技術アジャスターと呼ばれる技能を持った調査員で、たいていの場合、保険会社か保険会社の子会社(調査会社を別法人にしていることがある)に所属している。技術アジャスターは支出を抑えたい保険会社側の立場であり、通常修理工場にとって手強い相手である。


     だが、全国でもトップレベルの販売実績がある代理店が運営する工場から疑わしい修理見積書が上がってきたとき、営業部門からの突き上げをいなし、正しい協定判断を維持することが難しい場合があったようだ。通常はプロとして一定の線を引きながら互いにバランスを取っている。しかし、今回はどこかでその歯止めが効かなくなってしまっていたようだ。


     それはビッグモーターが行った特別調査委員会の報告書からもうかがい知れる。同委員会が技術アジャスター協会に依頼したサンプルテスト2,717件のうち1,198件で何らかの疑義が確認されたからだ。技術アジャスター協会が得た情報は、協定時(車両の損害金額を確定するためのやりとり)のなかで技術アジャスターが確認できなかった写真や情報も含まれていることから、情報の隠匿が巧妙であった可能性も考えられる。一方で、調査報告書によるとビッグモーター側の見積り担当部門はスタッフの練度が低かったとの指摘もある。そうしたことを総合して考えると、サンプルテストで約44%も疑義が見つかるということは、本来厳しく車両の損害を確認する立場であった保険会社の技術アジャスターにも何らかの影響があったとみるのが自然だ。

     しかし、実際に保険代理店と修理工場との間に資本関係をなくすことができるのか、と問われればかなり難しいだろう。

    ■保険代理店と修理工場に資本関係を認めないことは可能か


     保険代理店の販売実績によって、損害事故調査に手心が加わってしまう可能性が示唆されている以上、本来は保険代理店が保険金を受け取る修理工場(鈑金塗装工場だけでなく、部品交換だけで済む場合は整備工場を含む)を営んではならないとするのが再発防止に最も有効な手段であることは間違いない。


     しかし、一般のカーオーナーがそれに耐えられないかもしれない。あなたがもし、自動車で事故を起こしたとして、ディーラーで事故車修理を受け付けてもらえないとしたらどうだろうか。車両販売時に自賠責保険を販売しないわけにはいかないからだ。

     特に国産カーメーカーでこうした問題が生じると考えられる。輸入車では一定の修理品質をカーメーカーが認めた認定工場制度があるが、国産カーメーカーにはそれがない。それに倣った制度を構築ことになるだろうが、しばらく時間を要することになるだろう。加えて既に修理工場を営んでいる自動車販売店は工場を畳むか売却かの判断を迫られる。カーオーナー、事業者双方にとって影響が大きい。我々はワンストップサービスの利便性に慣れ過ぎてしまっている。

    ■協定をカーオーナーに戻すべきか


     方法はもう一つ考えられる。損害認定金額の確定(協定)を被保険者または被害者との間でのみ行い、修理工場を介入させないという本来のあり方に回帰する方法だ。


     現在の自動車保険は修理金額の確定(協定)を保険会社と修理を請け負った修理工場との間で行われる。本来は保険会社と被保険者または被害者との間で行われるべきものだが、一般のカーオーナーが車両が受けたダメージの判定、部品代、時間あたりの工賃単価の相場などを見立てることが難しい。そのため、修理を請け負った修理工場が車両を預かり、代わりに保険会社と交渉してくれている。今回はそのことが不正の温床となってしまったわけだが、実はこの方法を取ることも難しい。

     プロの修理工場から見て、保険会社の技術アジャスターは手強い相手なのだが、それに一般のカーオーナーはまず太刀打ちできない。ほぼ言い値で話が進んでしまうだろう。問題はその後で、いざ修理工場に作業を依頼したとき、代金が足りなかったとしたら、どうだろうか。仕方ないと納得できる人は少ないだろう。しかし、損害金額が確定してからでないと保険金が受け取れないので、追加的な費用の請求はまず難しい。利点があるとすれば、保険金支払いが著しく市場価格を下回る場合、不払いとして金融庁から指導が入ることになるか、そもそもそうした保険会社の保険契約者が減ることになる。今まで以上に消費者による監視が行き届くようになる可能性が高い。しかし、今の利便性に慣れ親しんだカーオーナーがそれに耐えられるかは甚だ疑問だ。


     加えて、保険会社にとっても負担が大きくなる。今までは修理を受ける前提があったからこそ、修理工場で顧客の車両を引き取り預かってくれていたが、入庫するかどうか分からない車両を預かることはない。事故車両を保険会社が引き取り保管することになるだろう(それを含んだものが現在の修理代金であるという考え方も成立するので費用がまるまる増えるとは限らないが……)。何より、写真画像のやり取りで済んでいた車両損害調査を含め、すべて保険会社の技術アジャスターが行うことになる。業務の効率化で技術アジャスターを減らし、写真画像の協定を増やしてきた経緯があるので保険会社にとっては悩ましい問題になるだろう。さらに、これまで修理内容についての説明のやり取りがプロ相手だったが、一般のカーオーナー相手になる。これまで以上に丁寧な説明が必要になる。これらを考慮すると保険支払いに必要な事務経費は増えることになる。当然、それは保険料に影響するのでカーオーナーもそれを受け入れなくてはならない。

    ■今の仕組みと上手く付き合っていくしかない


     保険金の不正請求について2つ解決案を示した。だが、どちらも実現するのが難しいというのが筆者の見立てだ。理由はある程度カーオーナーが車両の管理について当事者意識を持たねばならないからで、取り分けそこがネックになってくるのではなかろうか。
     事故を起こしても保険会社が示談交渉から入庫する工場まで紹介してくれる現在の仕組みの完成度は極めて高い。高齢化社会において、ワンストップでサービスを行ってくれる現在の仕組みの重要性は増してくるだろう。ただ、その反作用として、カーオーナーが事故時の対応を含めて愛車の管理について当事者意識を持つことが難しくなっている。残念ながら今回はその隙を突かれてしまった。だからといって現状の仕組みを全て否定し、不正請求を防ぎうる方策を講じるには、一般のカーオーナーも一定程度不便を受け入れ、主体的にどんな整備をどこに任せるのか考えていかなければならなくなる。その理想を実現するにせよ、一朝一夕に進まないことは明らかなので、現状の制度と上手く付き合っていくよりほかないだろう。


     ただし、それは敗北ではなく、資本家が裏で糸を引いていたのでもない。ただ、一足飛びに変化するには影響が大き過ぎるだけのことだ。今回のことで、自動車保険の在り方について広く知られるようになり、当事者意識が芽生えたことは一歩前進している。健全な自動車保険の運用には消費者の厳しい眼差しが必要であることは間違いない。


     最後に自動車事故のプロとして現状の仕組みと上手く付き合っていくために必要な自衛手段を紹介する。


     最も有効な手段は入庫前の写真を先に自分で撮っておき、それを予め修理工場に伝えておくことに尽きる。写真の撮り方は、車体について傷が、どの部分であるか分かるように距離を取りながら、傷全体を撮影する。そして、正面、真横(左右)、斜め45度(左右)と、傷を中心に回り込むように複数枚撮影することが望ましい。この時、できるだけ傷と目線の高さを同じにしておくと角度の違いによる比較がしやすい。この方法は保険会社が車両の損害調査を行う時と同じ手法だ。


     着工前に納車時に作業経過の写真を確認したいとお願いしておくのも手だ。気の利いた工場であれば、交換した部品と、補給部品が分かる形で写真を撮っておいてくれたりするのでオススメだ。


     ただし、事故の態様によっては損傷が複雑でどうしても外からの様子だけでは分からないことも少なくない。最初から何もかも疑ってかからず、工場側の説明をよく聞いてほしい。とくに町の修理工場には接客に慣れていないスタッフが多いからだ。しかし、そうした多くの工場は誠実に仕事をこなしている。そして、20年以上保険会社から時間当たりの工賃単価を据え置かれ、苦境に立たされていることも知ってほしい。

    保険会社が事故調査時に用いる撮影方法の例。傷を中心に目線をあわせ、ぐるりと回るように撮影する。同じ要領で事故とは関係のないところを含め車両全体を記録しておくのも良い

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