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<小説>鼓動 もう一つのスクープ(第3話)
2021/06/08
BSRweb小説企画第一弾
業界記者の視点で描く、自動車業界を題材にしたオリジナル小説。
(第1話へのリンク)
※この小説はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
第3話:帝都自工の野望
二人とも新人時代や派閥問題で話が真夜中まで断続的に続く中、割って入った田村が「北沢さん、この間、帝都自工の情報が欲しいと言っていたと思いますが、実は興味ある話を聞いたのですが、まだ関心ありますか」と口を開く。
「欲しいよ、すぐ聞きたい」と、早口で話の続きを催促する北沢。
帝都自工の社内では、「米国のテレビニュースで帝都の車をハンマーで壊している映像を繰り返しているのを観て、米車を輸入しないと収まりがつかない」との空気が充満している、というのだ。一度周辺を徹底的に調べてみては、と助言する田村。
「よーし、今回は帝都自工と日米自動車戦争を絡めたテーマで行く。有難う、大きなヒントを与えてくれて」
火照った顔を外気にさらしながら大口を叩いたことを後悔。帝都自工の首脳にどう切り込むか、考えているうち一つのルートに打開を求めた。困った時の最後の手段として頼っている帝都自工の芝田史郎輸出本部長に会って、日米の自動車事情を聞いてみることにした。
早速、芝田本部長に連絡。いつもの赤坂の会員制クラブ・カエデで待ち合わせする約束を取り付ける。
午後7時前にカエデに着き、ドアマンに先導されて奥座敷に入室すると同時に、芝田本部長が案内されて入ってきた。
「お待たせ、お腹減ったでしょう。何がいいですか、洋食、和食どちらでも遠慮せずに云ってください」と言葉は丁寧ながら鷹揚な態度で食事の注文の話をする芝田本部長。食事を注文するといってもカエデに厨房らしき設備は見当たらない。不思議に思っていると、芝田本部長は手を上げるとどこからともなく世話係が表れ、メモ帳に注文した和食を書き留める。なるほど、契約している料理店から取り寄せているのだ、と納得した北沢。「まるで祇園のお座敷と同じやり方」と苦笑い。
しばらく二人で懐石料理を食べながら雑談していると、芝田本部長がいきなり本題に触れる部分に入ってくる。
「欧米の自動車界が騒がしくなっているが、何か朝日自動車さんの動きはありますか、どこも米国への輸出急増には頭を痛めていますからナ」
「朝日自動車もついにドイツ車を輸入する決断をしたようです。欧米の自動車の外圧を和らげる狙いでしょう。近く輸入車計画を既存の販売店に説明する考えです」
北沢はすでに一部の新聞や経済誌に出ている記事を参考に解説した。
「なるほど」と大きく頷く芝田本部長だが、「そんな動きはとうに承知している」という表情を見せる。
すかさず機を見て、「帝都さんはどうなんですか。特に米国ビックスリーの怒りと世論の不満が頂点に達していますからネ」と少しオーバーアクションを見せる北沢。
「何も手を打たないことは無いですよネ。自動車戦争の様相を見せている中で、今まで先手を打ってきた帝都さんは業界のお手本となる思い切った対応策を取る手筈では」
「うーん、クーガーや欧州車を輸入・販売せざるを得ないだろう。決めたら大々的に拡販する」と観念したかのように腕組みする芝田本部長。
帝都自工が現在、クーガーやドイツの車を検討していることは最早、間違いないと判断。翌日、自動車関連資料が充実しているいつもの図書室に入り、帝都の海外進出状況や日本メーカーと海外メーカーの資本提携、勢力関係などを調べた。それで分かったことは、日本の自動車メーカーのこれまでの海外戦略は輸出に軸足を置いたもので、海外に工場を建てる戦法はまだ少ないこと。
「これは行ける」と直感し、自動車摩擦とからめた『帝都の野望』のタイトルで長文が書けると考え執筆を開始する一方、掲載メディアを西洋経済誌に決めた。
その仮見出しに「帝都の野望――新たな挑戦」とし、米国クーガーやドイツ車を国内の販売網で販売すると同時に海外に工場を建設し、直接進出するとの新しい事例を詳述した。
特集記事が載った西洋経済の発行日に帝都自工広報の中川勲部長に呼ばれた。東京本社に足を運ぶと早速、中川部長が応接した。
「誰からあの話聞いたの。まだ取引する銀行や部品メーカー、それに系列の販売会社に説明していないうちに、雑誌に載ってしまうと説明のしようがない。関係会社の多くが広報に真偽を確かめる連絡を入れ大変困っている」
さらに、「広報担当役員の加賀(弘志専務)が激怒している」と畳み掛ける。
「誰という訳ではありません。現在の置かれている立ち位置を考え、総合的に洞察してまとめた」と、半分こじつけのような答えを北沢は述べた。経済誌の性格上、スクープ的な内容は不要だが、後に米国やドイツの車を輸入販売する計画を発表した。経済誌に書いたストーリー通りに計画が実現していったが、帝都広報に応待した時の態度が何故か必要以上に卑屈になるのは業界記者の悲しい宿命かと半ば苦笑いする北沢だ。
<筆者紹介>
中野駒
法政大学卒 自動車業界紙記者を経て、自動車流通専門のフリー記者兼アナリスト。業界歴併せて40年。
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