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<小説>鼓動 もう一つのスクープ(第4話)
2021/06/15
BSRweb小説企画第一弾
業界記者の視点で描く、自動車業界を題材にしたオリジナル小説。
(第1話へのリンク)
※この小説はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
第4話 業界を追放された記者
暫く業界の新しい動きがなかったため、行きつけの新橋・久助に二人を招き祝盃を重ねる。
「連絡が遅れてすまん。貴方たちのお陰で良い記事にまとまった。今晩はここの勘定を気にせずに飲んで」と満足気に語る北沢。
すると、酔いが回ったのか黒川が落ち込んだ気持ちで、「俺、子供ができるので、まとまったお金が必要なの。でもアテがあるので心配しないで」とポツリ。いつも陽気に振舞っている黒川とは少し様子が違うと内心思ったものの、すぐに次の話題に移った。
「俺たちの仕事は読者が読んでなんぼの世界だからナ。良心的な記事でも多少オーバーに刺激的に書かないとボツになりかねない」と珍しく激しい口調で自分たちの職業を自虐的に語る田村。
「業界メディアのライターは企業の発表ものを書いてさえいれば平穏な暮らしが保障されているが、突っ込んだ深堀りした記事を取ろうとすると、とにかく危ない線上スレスレになりかねない」と同調する田村だった。
久し振りに二日酔いになった翌週、田村から突然の電話が入った。
「大変な事になったよ。黒川がこの業界を追放されそうだ」
「何、一体何をしたというの。本人の口から事情を聞こうじゃないの」
新橋の喫茶店に黒川を呼び出して事情を聞くと――。
「話は事実だよ。うかつにも取材先の中島汽船の中島勝一社長に同社の記事原稿を見せ、『この原稿買ってくれます』と云っちゃったんだ」
「それがどうしたと云うの」
「それが・・・。中島汽船の経営方針や新しく展開する豪華客船の就航スケジュールを詳しく書いた原稿を見せたの。この間の一部始終の会話を録音されていた訳」
「で、どうしたの」
後日、中島汽船に呼び出され、「君、これは恐喝に当たるよ。警察に訴えられるのが嫌だったら、この業界に出入りするのを辞める」と中島社長に二者択一を迫られた事情を告白。しばらく三人は沈黙した後、黒川が思い詰めたように、しかし腹を決めたとばかり、「長野の田舎に帰ろうかと思う。一晩いろいろ熟考したが、これが潮時だと」と今後の行き先を結論付けたことを語る。
「まあ、本人が結論を出したのでは慰留しても始まらないか、本人の人生、本人が最後決めるんだろうが、それにしても寂しくなるなあ」
北沢と田村はビターなコーヒーを飲み干し、しばらく身動きできなかった。
喫茶店を出る時、「北沢、置き土産といっては何だけど自分が温めていたネタをあげるよ」と黒川が小さなメモ帳を差し出した。
<筆者紹介>
中野駒
法政大学卒 自動車業界紙記者を経て、自動車流通専門のフリー記者兼アナリスト。業界歴併せて40年。
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