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    【新連載】<小説>鼓動 もう一つのスクープ

    • #一般向け

    2021/05/27

    BSRweb小説企画第一弾

    業界記者の視点で描く、自動車業界を題材にしたオリジナル小説。

    <筆者紹介>
    中野駒
    法政大学卒 自動車業界紙記者を経て、自動車流通専門のフリー記者兼アナリスト。業界歴併せて40年。

    ※この小説はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

    第1話:大森自動車の決断

     1980年代のある酷暑の日。
     「何か面白い話、持ってない」とおもむろに敏腕記者といわれていた北沢真一が二人に向かって云う。
     帝都自工所有の軽井沢の別荘で親友の二人とBBQ(バーベキュー)を囲んでいる時に軽い気持ちで口を開いた。
    「帝都自工の情報欲しいんだけど」
    「そんな大手の話は知らないけれど、大森自動車のおかしな動きを小耳にはさんだ。あくまでも噂レベルの話ではあるけれど」
     仕事仲間でもある毎日自動車新聞の黒川透記者が肉を突きながら自信なさげに云う。フリーライターの田村正勝もビールを口に含み、うなずく仕草を見せる。BBQではその後自分の手柄話に花が咲き、夜遅くまで盛り上がった。
     昨夜の深酒のため二日酔いが昼過ぎまで続く中で、大森自動車の噂話の真偽を確かめるため、自分の情報源となっている総合商社の知人や仕事仲間に聞いて回った。自動車関係の新聞や雑誌が充実している図書室でも大森自動車の最新の動きを調べた。しかし、一向に真偽のほどは分からない。状況的には経営環境を変える必要が見て取れるものの、新たな動きを掴めないことには動きがとれない。
     そこで、一晩考えた手法で取材を開始することにした。まず、噂に上っている米国クーガー自動車を大森自動車の国内販売網で販売する構図をストーリーに描き、その線に沿って話を進行することにした。このシナリオを基に一体誰にアプローチしたら良いか、思案を巡らした。適任の一人が何度か面識がある大森自動車の国内販売担当の小池和久常務。通常のアポイントを取って秘書同席のインタビュー形式ではとうてい真偽を確かめられないのは自明の理だ。次善の手として大森自動車本社の役員専用のトイレ内で偶然を装うことにした。常務の秘書に事前に電話して、直近の役員会議の日取りを聞き出している。
     役員会議の当日、午前十時以降、役員トイレに出たり入ったりしていると、本人がトイレに入ってきた。
    「イヤー、こんな場所で出会うとは奇遇ですね。ところで小池常務、今、北米のクーガー自動車をどこで売るかの会議ですよね」
     一か八かのかまを掛けて問いかける北沢。
    「君、それどこで聞いたんだ。まだ誰も知らない機密事項のはずだが……」と、慌てた口調で小池常務が問い詰める。
    「アレ、もう噂が経済雑誌で広まっていますよ。米国の乗用車を大森自動車の国内販売網を使って販売するのでしょう」と、少し大げさに返答する。
    「そこまでもう知られているのか」と小池常務は観念したように……。
    「この話は私から聞いたことは内緒だよ。米国クーガーの輸入は確かに検討している。しかし、輸入に当たって、全国の地元販売会社の説得が大変でね。新しい乗用車網を作ると、地元販売店と利害関係が対立しますからナ」

     これだけ新しい情報が得られれば充分記事にまとめられると判断。図書室で大森自動車の国内の有力販売店をピックアップし、その場で特集記事を書き上げ、契約している経済誌「西洋経済」に渡す。
     原稿料を手に取ると同時に取材のキッカケとなった仲間二人に連絡、新橋にある行きつけの居酒屋「久助」で落ち合うことに。三人揃ったので、「まずは乾杯、お二人にはヒントをいただき恐れ入りました」と丁重に挨拶した北沢。
    「噂話程度のものを記事にまで持っていったのは大変な才能」と黒川が持ち上げた。
    「いやー、ゼロから百を生み出す力量はたいしたもの。どこであれだけの事実を積み重ねられたの、知りたいなあ~」としきりに核心の部分を知りたがる田村。
    「もっぱら、あなた方の協力のおかげです」と恐縮の表情を示しながら肝心のところははぐらかす。内心うまく行ったと心で叫んだが、その時、大森自動車広報の市橋隆一部長から呼び出しの連絡が入る。まだ西洋経済の発売前のタイミングだったので不思議に思いながら、田町駅前で待ち合わせる約束をする。
     挨拶もそこそこに、市橋広報部長は今まで行ったことのない予約客専門のステーキハウスに直行、席に座るや否や一枚のゲラ刷りの紙に、「大森自動車は4月、米国のクーガーを国内販売する計画」と活字が躍っていた。
    「これは一体何ですか」と市橋部長が問い詰める口調で云う。そういったかと思うと、「まあ、肉料理でも食べましょうか、冷めてしまいますからナ」と急に穏やかな口調に改まった。
     食べ終わると、次の店に移動することを促される。今度はいかにも高級そうなカウンターバーに案内され、しばらく雑談し何杯か飲んだ時に、「北沢さん、ところであの記事どこで仕入れたのですか」と単刀直入に問われる。
    「それは色々なところで小耳にしたことを繋いだので、特定の方に伺って記事にしたのではありません。済みませんが酔いが回った様で、今日はこの辺りでご勘弁ください。お役に立ちませんで申し訳ない」と頭を下げ、早々に引き上げた。
     後日、いつもの居酒屋・久助で二人を招いて飲んでいると、普段は無口な田村が「市橋部長に何と云われたのですか。クーガー輸入の話でしょう」と、一番興味をそそる部分を尋ねる。
    「それが変な話で、発売前の印刷したゲラ刷りを見せられたの。あれには驚いた。印刷会社の従業員かは知らないが、事前に記事を見ることが出来るルートがあるのでは」
    「とくに雑誌では広告を発売前に打つが、その広告内容をあらかじめ入手するルートが存在しているんだって」よ、飲んで顔を赤らめながら業界の裏話をする黒川。
     三人は業界のスクープを射止めることの大変さを改めて考えさせられ、しばらくの沈黙が続いた。

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