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    団体交渉の行方 工賃単価の争点「企業物価指数」と「消費者物価指数」

    団体協約締結に向けた話し合いの争点を大胆予想

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    2024/07/16


     日本自動車車体整備協同組合連合会が大手損害保険会社(東京海上日動火災保険、三井住友海上火災保険、損害保険ジャパン、あいおいニッセイ同和損害保険)と、自動車保険を利用した事故車整備における工賃単価の値上げに向けた話し合いがいよいよ始まった。
     かねてより報道がある通り、値上げ幅の根拠としている経済指標が日車協連と損害保険会社で異なっていることに気付いている方も多いだろう。日車協連は「企業物価指数」を前提にしている一方、保険会社は「消費者物価指数」を主張している。ここでは今後争点になるとみられる企業物価指数と消費者物価指数について解説する。

    ■企業物価指数と消費者物価指数


    【企業物価指数】
     企業間の取引価格を集計した指数。
     日本銀行が作成しており、ある期間における(日銀の公表周期は毎月)企業間の財(物品・サービス)の取り引きを計測したもの。企業間で取引される財の価格を集計することで、財の需給動向を把握を行う。景気動向や金融政策の判断材料の一つとして利用されている。
     「国内企業物価指数」、「輸出物物価指数」、「輸入物価指数」の3つに分類されており、日車協連が利用しているのはこのうち、国内企業の取引価格を調査した「国内企業物価指数」である。

    【消費者物価指数】
     世帯(個人)が購入する財(物品・サービス)の価格を集計したもの。総務省が作成している。公表の周期は毎月。
     一般人が購入する物品や受けたサービスの価格の変動を時系列的に観測するもの。その国の国民の生活水準を示す指標の一つで、経済活動の活性度に影響を受けやすいため、経済の体温計とも言われる。日銀が金融政策の判断材料としているほか、賃金、家賃、公共料金などの料金改定の参考にも用いられる。損害保険会社が工賃単価の値上げの根拠にしているのはこの指数。

    ■企業物価指数と消費者物価指数を比較する時の問題


    同じ国内の物価指数で、企業物価指数と消費者物価指数のどちらを用いるかで、何故摩擦が生じるのか。その理由は、両指数の間に大きな乖離があるからだ。そのグラフが次の通り。特に2021年以降は消費者物価指数が低く、企業物価指数が高い状況が続いている。つまり、どちらの経済指標を前提とするかで工賃単価の引き上げ幅が大きく違ってくることになる。この経済指標の扱いが今後の争点となる可能性が非常に高い。

    今後、車体整備事業者と損害保険会社が工賃単価を交渉する際の礎となる以上、数年の短期的指数の動きだけで高い方を選ぶのは得策とは言えない。特に今後は人手不足の影響から賃金の上昇圧力は高まっており、輸入原材料高の影響を強く受けた企業物価指数の数値に遅ればせながら追随する可能性は否定できない。一般に諸外国のケースでは物価上昇と一緒に労働者の賃金市場も上昇するので、やや遅れながら両者が連動するのが一般的だ。しかし、日本は可処分所得が落ちて物価が上昇するスタグフレーションの様相を呈しており、企業物価指数と消費者物価指数の乖離がしばらく続くという判断もできる

    ■車体整備事業者は企業物価指数と消費者物価指数どちらが実態に近いのか


     議論の方向性として、企業物価指数と消費者物価指数のどちらが実態に近いのか、それを納得させることができた方が利用される事になる。
     車体整備事業者は、企業なのだから企業物価指数を利用するのが当然だと感じている読者も少なくないだろうが、そう単純な話ではない。車体整備事業者の主な顧客は、法人ではなく個人であることが多いからだ。無論、法人のリース車両や大型車を扱う事業所では、法人取引が主流となっているケースもあるとみられるが、多くの場合、個人相手の事業所が大勢を占めるだろう。
     消費者物価指数は、企業と個人の間で行われる取引価格の統計を取ったものであり、車体整備事業者のようなサービス業は消費者物価指数の範疇であると解釈できる。損害保険会社はそのように考えている。
     では、日車協連の企業物価指数で考えるという主張は、全くの的外れなものであるかというと、実はそうとも言い切れない。公正取引委員会が団体協約締結に向けた組合行為が、独占禁止法違反の除外となる判断を下した要素の一つに、取引関係の成立がある。
     つまり、車体整備事業者が損害保険会社から事故車整備の仕事を受ける場合は、企業同士の取引であると言えるわけだ。今般の団体協約締結に向けた話し合いが、保険を利用した際の工賃単価に関するものと限定されている以上、企業物価指数で判断することが間違いであると断じることもまた、難しいと筆者は考えている。

     以上のことから、いずれの経済指標を前提とするかは、慎重な議論が求められるところであり、直ちにどちらかが間違いで、どちらかが正しいとするのは難しい。団体協約締結に向けた話し合いは交渉事である以上、秘匿された中で進められることは間違いないだろう。いつか報告できる日が来ると願っている。

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