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    <小説>鼓動 もう一つのスクープ(第20話)

    • #コラム

    2022/05/09

    BSRweb小説企画第一弾

    業界記者の視点で描く、自動車業界を題材にしたオリジナル小説。
    (第1話へのリンク)

    ※この小説はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

    第20話 存亡の危機、朝日自動車

     筆を折る心に準備をしている最中に、自動車業界を揺るがす事件が起こった。
     「朝日自動車の元会長ヘンリー・ベイ容疑者がフランスへ逃亡した」とテレビニュースで一斉に報じられた。特別背任罪などの容疑で特捜部に告発され、その裁判日程もすでに決まっていた折も折、海外逃亡を図ったのだ。
     2017年春、朝日自動車の飯島芳正常務が自分名義の携帯から北沢の携帯に「頼まれてくれる。内密でウチのヘンリー会長の行動を調べて、どこで何を食べたかまでできるだけ詳しく、自分と会社は関与していないことが前提で」と押し殺した声で依頼があった。ヘンリー会長が会社を再建して以降、ワンマン経営を行っていたが、誰も苦言を言える雰囲気ではなかった。数年前から年間報酬が12億円以上得ていたことをマスコミに叩かれていた。ヘンリー会長もこの高額所得を気にしていた。自らが招へいした税務分野に精通しているジョージア取締役と正田公彦専務を社長を兼務しているヘンリー会長が呼びつけ「海外企業の役員報酬で問題視されることはない。君たちで何とかしろ。高額所得が表面に出ないように知恵を出せ」と指示された。
     ジョージアの主導により良いアイディアが浮かんだ。会長が退任し、顧問に就いた後に現職だった報酬を積み増しする方法だ。この案には現職の取締役の承認を取り付ける必要がある。これにお墨付きを与えたのが正田専務らである。外部に漏れずに内々で処理できる仕組みだ。この時点で違法に手を染めた役員がいる中で、飯島常務が自分たちの恥部を密命で調べているということは一体どういうことか疑問だったが、ヘンリー会長の行動を細かに調べ、半年間で多くのデータを集めた。一つ特徴は衆目を集めるディナーなどの飲食店は質素で倹約家を振舞う。一方、人目のつかない隠れ家の飲食や離島での旅行は豪勢極まる大盤振る舞いぶりが目立つ。行動の一部始終を細かく飯島常務に報告していた。
     ヘンリー会長の横暴ぶりが目立っていた矢先に衝撃が走った。
     早朝のテレビニュースで羽田にプライベートジェットから自信に満ちた表情でタラップを降りたところを特捜部の捜査員に逮捕される映像が映し出されたのだ。逮捕容疑は特別背任罪などで、ヘンリー会長が気にしていた自らの所得のうち一部を隠ぺいするため有価証券に記載しなかったことが発覚したのだ。しかし、その後、数回の保釈を請求した後、5億5千万円の供託金を収めて保釈された。この事実が報道された直後、飯島常務から再び北沢に連絡が入る。

     「これまで以上に会長の動きを調べて。数々の私腹を肥やした事実が社内調査で分かってきた。海外に逃げる予兆があるので、その動きを特に見逃さないで」
     「できるだけ、ヘンリーが弁護士事務所に毎日表れるので、誰が接触したかをまず、チェックします」
     「ヘンリーの父親も脱獄した経験を踏まえて、日本を必ず脱するハズだ。その証拠に妻のJ・エマニエルを通じて元CIA職員に協力の依頼をしている。すでにその職員に1億5千万円をバミューダの秘密口座に振り込んでいる。この事実は絶対内密に」
     これは大変な事態になったと内心思ったが、引き受けた以上は最後まで密命をやり遂げようと決心した北島。
     まず、飯島常務から得た元CIAのR・ケーシーの動静を把握する必要があるため、知人の米国在住のフリーライター岸政利に連絡、協力を求めた。
     アメリカ人の行動を見ながら北沢自身は引き続き、ヘンリー容疑者の一日の生活状況を追った。容疑者宅の防犯カメラをチェックすると同時に、容疑者と接触した人物を洗い出した。その結果、接触した人物の中に飛行場施設に詳しい評論家や軍事に従事している人物とたびたび会食していることが判明。
     後日、この評論家らをフリーライターとして北沢がインタビューしたところ、どうもヘンリー容疑者の妻マニエルが関与していることが濃厚になった。容疑者の指示を受けた妻が仕組んでいるようだ。
     これはどうしてもエマニエル本人に会って事情を聞くことが肝心と考え、本人に銀座で直撃インタビューをしたものの、「日本語は分からない。プライバシーの侵害だ」と意味不明の言葉を発して姿を消した。
     呆然としている時に、依頼していた米在住の岸から吉報が届いた。元CIAのケーシーら数人が日本に向かったというのだ。いよいよ日本脱出の時期が迫ってきたことをうかがわせる。まず彼らの日本での行動を追う必要があると判断、アメリカ発の時刻と成田に到着する時刻を調べ、ひたすら待った。すると、到着して数時間経て出てきたケーシーらの後を追跡したが、予想に反して数日滞在しただけで帰国してしまった。一体どういうことか考えてみると、東京・六本木のホテルに宿泊以外はすべて米軍の軍事施設を訪ねているため、脱出に米軍施設が関わってくると直感した。
     ヘンリー容疑者の指示を受けたエマニエル夫人はどうも軍の暗号を使って関係者に連絡していることがうかがえるので、相手の動きが全くつかめない状態だ。
     これらの情報をもとに、ヘンリー容疑者を追うことに。東京・世田谷の自宅を出た時から追跡を開始。ラフな格好で徒歩と電車でまず六本木のホテルに入室、しばらくしてスーツ姿で現れ、六本木にある主にヘリコプター基地として使われている米空軍施設に入る寸前に意を決して呼び止めた。
     「ヘンリーさんですよね。今、保釈中なのに軍施設に何の用事ですか。弁護士にはあらかじめ知らせているのですか」と胸の高鳴りを押し殺して質問する北沢。
     質問を無視して軍施設に慌てて入っていった。しばらくすると金網越しに、弾薬と大文字で書かれた軍需用コンテナを大型ヘリコプターに積み込んで飛び立っていった。行先は岩国基地。数日後、あの衝撃のニュース「ヘンリー的会長がフランスへ逃亡」につながる。
     その後の過熱報道によると、ヘンリー容疑者は一旦、六本木のホテルで衣服を着替えて近くの米軍ヘリポート基地から岩国を経由して、茨城空港に隣接している自衛隊の航空基地に事故と称して緊急着陸した。大型ヘリが着陸すると同時に、爆薬が入った軍需用コンテナに身を潜めていたヘンリーが抜け出し、自衛隊基地と民間飛行場を区切っていた金網の割れ目から手引きした人物に導かれて停めているプライベートジェットに乗り込んだ。そのまま、フランスに着いた後、かつて仏領だったアルジェリアにフランス国籍のパスポートを提示して入国、しばらく滞在する。その後、政治混乱しているリビアに潜入した。最終予定地がリビアだったかどうかの真偽のほどは定かではない。
     北沢の推理では最終地は慣れ親しんだブラジルに向かうと読んだ。しかし、現在に至ってもヘンリーの行方は依然として分かっていない。

     日本の裁判を忌避したヘンリー以外、事件に関与した関係者はことごとく逮捕された。元CIA職員のケーシーらは米国の自宅に戻ったところを身柄確保され、現在裁判で身柄を日本に引き渡しを審議中だ。また、プライベートジェットのパイロットがフランスで、軍関係者は日本の米軍施設内でそれぞれ逮捕されている。しかし、主役のヘンリーが海外に逃亡しているため、裁判が中味の薄い内容になるのは誰が見ても明らかだ。2020年暮れに日本に引き渡されるケーシーらが特捜部や裁判で真実を述べるとは思えない。CIA職員当時のノウハウと訓練で培った保身術が身についているからだ。口の堅いことを買われヘンリー脱出計画・D作戦の中心人物に据えられた。朝日自動車の幹部や日本の裁判官、弁護士に比べて一枚も二枚も上手だったわけだ。
     ヘンリーの海外逃亡を懸念していた朝日自動車は少しでも反撃するため、これまでのヘンリーの不正の数々について実例を挙げて明らかにした。
     まず、プライベートジェットを私用で頻繁に使っていたこと。アメリカに係留している大型クルーズ船は妻の名義にしている不正拠出の資金。さらには朝日自動車の社宅を事実上自宅として使用しており、別邸がアメリカ、ブラジル、メキシコ、UAE・ドバイの四か国に存在している。これらの不正流用は300億円にも上るという。
     結局、ヘンリー元会長が朝日自動車の再建を名目に仏ノールの指名で乗り込んできた真の狙いは私腹を肥やすことだったのか。傾いている朝日自動車でまず手を付けたのが府中工場を中心とした自動車工場の再編成と九千人にも達する府中工場全員の解雇と合理化政策の推進だった。自らに都合の良い役員の登用と新商品の投入、加えて大幅値引きの実施による販売台数の増加によって業績がV字回復を果たしている。わずか3年間で業績回復と同時に販売台数がアメリカを中心に大きく復調させるという手腕を発揮した。また、中近東地域のシェアを拡大させるため、国政にも影響力を持つ石油関連の富豪にワイロを渡し、増販計画を押し通す剛腕ぶりを見せた。
     これら強気の経営拡大政策が裏目に出て今、朝日自動車の業績が急激に悪化、政府に債務保証を取り付け、まず5,000億円の巨額な銀行融資を受けることに。アメリカと中国、さらに日本国内の需要も大幅に減退。ヘンリーの肩車に乗って昇格した役員を刷新、新しい布陣で建て直しを図るものの前途多難な状況だ。
     一方、朝日自動車の単独では生き残れないと判断している政府と経産省が密かに生き残り政策を詰めていた。
     政府の動きに詳しいフリーの田村に経産省側の動きの取材を依頼し、北沢はこれまでの経緯と取材の詳細を説明しバトンタッチすることにした。
     田村は早速、知人の国交省記者クラブの黒川浩次に政府の動きを聞く。すると、思いもよらないグローバルな構想を描いていることが分かった。それは朝日自動車単独では生き残れないと予想し、ライバルのトキワ自工と合併させ、さらに岩崎自動車も加えた三社を一つの塊にして、日本の自動車産業は帝都自工と新勢力、それに軽自動車を主たる商品としている企業を統合した三大勢力構想を関係省庁間で調整しているという。
     三大勢力に大再編成する構想の真偽を確かめるため、通産記者クラブ加盟の知人やカーメーカー役員に問うたところ、水面下で進んでいることが明らかになる。そこで北沢に報告するに。
     「どうも2023年をメドに再編させるようです。朝日自動車は単独ではいずれ経営破綻が避けられないとみており、トキワに事実上合併させる。政府は乗用車メーカー8社はどう考えても多すぎると思っているようだ」と政府側の思惑を伝える田村。
     やはり世間で噂されている“再編”話は本当だったのか、と改めて感慨深い気持ちにとらわれた北沢。カーアナリストとして朝日自動車の内部にまで深入りし過ぎたことを反省する。
     朝日自動車が債務超過に陥り新しい血を注入してV字回復した過去の再来は決して望めないのか、北沢なりに経営分析した。現下のコロナ禍を除いても百年に一度といわれる大変革期の大波には耐えられないのか。自動運転技術やレシプロエンジン以外のエンジン開発、水素分野の研究開発、さらには自動車事業と並ぶ新分野の事業の立ち上げが可能なのか、課題は山積している。しかも、資金手当て5,000億円を確保しているとはいうものの、来年以降の資金逼迫に単独で対処できるのか、社内外の関係者間で危惧する声が大きくなっている。
     やはり、朝日自動車単独での存在は無理で23年には再編の中心になる運命となるのか。
     朝日自動車の経営不安が広がる中で、米ハリウッドに行方が分からなかったヘンリー容疑者が表れ、自身の生い立ちから現在の自らの不当性を訴えたシナリオをハリウッドの映画関係者に売り込んでいた。マスコミに気づかれずに検察当局に事情を聴取されていた事実が発覚した。21年初めにマスコミがスクープし、「ヘンリー容疑者を拘束、日本に引き渡しか」と流された。皮肉にも朝日自動車の盛衰を自らの目で見る結果が待ち受ける。

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