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    <小説>鼓動 もう一つのスクープ(第14話)

    • #コラム

    2021/09/22

    BSRweb小説企画第一弾

    業界記者の視点で描く、自動車業界を題材にしたオリジナル小説。
    第1話へのリンク

    ※この小説はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

     一般紙の記者会見と業界紙のそれとは若干様子が異なる。一般紙の記者会見風景とほぼ変わらないものの、業界紙の会見には独特な雰囲気が漂う。一番多いパターンは年度末の決算発表シーズンに会社の会議室で行う会見。自動車整備機械機器の老舗・イシダ自動車は東京本社の会議室で業界紙誌の記者を招いて決算状況と新製品の紹介を行う。決算の話といっても株式を非公開にしているので、今期は利益をあげた程度の簡単な内容のため短時間で終了し、多くの時間を新製品の説明と雑談で締めくくる。その間、誰一人として口を挟む記者は出ず、ましてや厳しい質問をする者も皆無。常に平穏の内に幕を閉じる。
     会社の会議室で開く会見以上に目立つのがレストランなどの他の施設を利用するケースだ。フリーライターの北沢も毎回招かれるヘイアン機器の決算会見は御徒町で名の知れたフランス料理店。まず、最初に吉川悟社長が今期の決算内容と新製品の説明を30分程度行う。その後、別室に席を移し、フルコース料理を食べながら質疑応答に入る。テレビでよく見る代議士などへの厳しい質問追及は一切見られず、和やかな懇談会風景に終始する。
     全くの変わりダネとして温泉施設で開く記者会見がある。自動車機器製造の東京リペアが毎年、開く会見がその代表例。当日、埼玉・川口にある川辺温泉で行うそれは開始時刻が午後六時のため、それまでの時間は温泉に入りゆっくり過ごしてもらうのが趣旨となる。定刻には施設の別室で食事と酒類が用意されて会見開始となる。冒頭、樋口宏社長の「日頃お世話になっております。今年も無事に会社を発展させることが出来ました。これも偏に皆様のお陰です」とあいさつし、短く決算内容を語った。恒例となっている整備機器の新製品の特長、性能の説明に時間をたっぷりとかける。業界記者に新製品を大きく取り上げてもらうのが最大に狙いだ。「今度の新しい整備機器の製品群は整備事業者には使い易く、しかもリーズナブルな価格設定としているので、是非各社の紙面で取り上げてもらいたい。出来れば月曜日の紙面で」と強調する。

     「では会見はこの辺でお開きにして希望者は恒例のパブに移動しますので玄関前に集合して下さい」
     北沢を含め全員が玄関前で、清算して出てくる樋口社長を待つ。社長行きつけのフィリピンパブに到着するやいなやカラオケ大会に突入する。カラオケ大好き記者が多く、口火を切るのは決まって日の出交通新聞の横内正記記者。十八番である裕次郎の銀恋をパブのホステスとデュエットし、続いて錆びたナイフを得意げに歌う。これが低音で実に上手いことに皆感心する。大会は終電が過ぎても終わらない。トリに北沢が薦められ可愛いベビーを熱唱したものの全員からブーイング。肩をすぼめてライトの当たる舞台を下りる羽目に。
     同社の決算発表会見が無事に終わった翌週になって仲間の記者から「東京リペアの樋口社長がえらくご立腹だよ」と知らされる。すぐ樋口社長に電話したところ、「君、新聞にウチの新製品を月曜日に載せる約束だったよね。何故、土曜日に掲載されているのか」と捲し上げられた挙句、会社への出入りを今後禁止となる始末に。何でこんなに怒鳴られるのか、契約している毎日自動車新聞に聞いたところ、「業界紙は夕刊がないので、月曜日が一番読者の目に留まり易い。土曜日では反響が小さい」との話。改めて記事掲載の日付の怖さを知った次第だ。

    <筆者紹介>
    中野駒
    法政大学卒 自動車業界紙記者を経て、自動車流通専門のフリー記者兼アナリスト。業界歴併せて40年。

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