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    <小説>鼓動 もう一つのスクープ(第8話)

    • #一般向け

    2021/07/21

    BSRweb小説企画第一弾

    業界記者の視点で描く、自動車業界を題材にしたオリジナル小説。
    第1話へのリンク

    ※この小説はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

    第8話:業界寵児の盛衰

     「ちょっと相談事があるので、こちら(長野)に来てくれる」との一報が入る。
     日頃から懇意にしているクイックリペアの中野厚司社長の電話で翌日、長野の会社に入る。「実は開発した画期的な鈑金塗装作業方法をどこに売り込むか悩んでいるの」と言いかけた時に、傍にある電話が鳴った。
    「独特な作業方法を是非、購入したい意向を示している池田ソフトの池田裕二社長が明日、一括購入の交渉をしたい」と。
    「北沢さん、この話どう思う。池田ソフトの社内で検討した結果、独占して新商売に臨むそうだが……」
    「社長、私は良い話だと思います。自動車整備分野では知らない人がいないし、何よりも資金力・動員力がケタ違いに強力」と即答した。
     二週間後、クイックリペアは池田ソフトに従来の鈑金塗装の作業工程よりも数倍速くしかも簡単な作業システムを一括売却し、池田ソフト社内にクイックリペア部門を新設した。売却後も旧クイックリペアは店舗の募集や研修部分に関与するが、売却した資金を元手にホテルやカーコーティング、さらに車のコンプリート工房など十数社を買収、一気に系列社員300人規模の中堅企業分に成長した。
     一方、クイックリペアのFC(フランチャイズ)展開はモデル一号店を長野に開設、それを足掛かりに一気に一千店舗まで急拡大し絶頂期を迎える。池田ソフトも旧クイックリペアに負けず劣らず事業規模を広げていった。この事業の急成長に疑問を持った西洋経済は同社のクレジット融資にメスを入れ、不明朗な資金の流れを突いた。また、業界雑誌の補修ビジネスがクイックリペアの疑問特集を取り上げた。一連の報道により、クイックリペアのFC店舗オーナー間に動揺が広がる一方、クイックリペア営業部門の社員間で不安が急速に高まった。さらには、不安をあおる様に頻繁に怪文書が飛び交う事態に発展した。

     「社長ら幹部が会社を私物化し、腹を肥やしている状態を一刻も早く正常化し、健全な姿に戻せ」と。会社が混乱している最中、追い打ちを掛けるように会社の所得隠しが発覚、急速に勢いが萎んでいく結果を招く。
     一方、旧クイックリペアも買収した十数社の放漫経営や資金の使い込みが次々と判明し、買収した会社を相次いで手放さざる得ない状況に追い込まれる。
     北沢は旧クイックリペア中野社長の自叙伝を企画していた最中だったため、つぶさにこの事態の一部始終を見ることが出来た。「何て栄枯盛衰の激しい業界なのか」と改めて会社経営の厳しさを教えられた。と同時に、人間関係の奥深さについても思い知らされる。
     これまで二人三脚の仲で運営してきた池田ソフト池田社長と旧クイックリペア中野社長はお互い面従腹背の関係だったことが多くの社員の前で明らかになる事件が起こった。実は、怪文書のバラマキや池田ソフトにおける重要会議内容を外部に漏らしていた人物が古川淳営業部長で、旧クイックリペア中野社長と繋がっていたのだ。結局のところ、クイックリペア部門の最高責任者のポストが欲しかったんだろう、というのが社員間でのもっぱらの見立てとなった。

    <筆者紹介>
    中野駒
    法政大学卒 自動車業界紙記者を経て、自動車流通専門のフリー記者兼アナリスト。業界歴併せて40年。

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