JOURNAL 

    <小説>鼓動 もう一つのスクープ(第7話)

    • #一般向け

    2021/07/08

    BSRweb小説企画第一弾

    業界記者の視点で描く、自動車業界を題材にしたオリジナル小説。
    第1話へのリンク

    ※この小説はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

    第7話:一般紙の影響力、思い知らされる

     さらに、自動車業界に死活問題が発生した。大気汚染が問題視され始めた時期に突然、海の向こうの米カリフォルニア州で世界一厳しいといわれる自動車排ガス規制法(マスキー法)が80年に議会を通過したのだ。排ガスの基準値をクリアできない車は売れなくなることを意味している。厳しい基準値を上回る燃費効率の良いエンジンを開発することが生き残る唯一の道と考え、他社と同様にトキワ自工も昼夜を問わず没頭した。
     メーカーの技術開発がどの段階にあるのか全く分からない時期に、週刊トップのカメラマン中沢と一緒にトキワ自工の栃木にあるテストコースに潜入した。テストコースは各種の新型車の試作車が疾走しているため厳重な監視体制をとっている。テストコースはトキワ自工の敷地内にあり、厳密には違法行為に当たるが危険を冒して金網の塀を乗り越えてお目当ての試作車が来るのを待った。
     雑草の中に二時間ほど待った時、目的の新型乗用車が走ってきた。車全体をカモフラージュさせているものの、新型車のスクープ写真を撮り続けている中沢のプロの目にはすぐ新型車だと分かる。トキワ自工はワンボックスカーの開発・投入に後れをとっていたが、テストコースには近く市場投入の予定の新型ワンボックスカーも疾走していた。しかし、その新型車には目もくれずに新型量販車だけに焦点を絞り数十枚の写真を撮り続けた。

    「よし、良い写真が撮れたな。試作車の走りっぷりからしてこれは通常のエンジン音ではないな」と直感する中沢。
     「噂になっている新型エンジンを搭載しているに違いない。これは大きな特ダネになるぞ」と顔を見合わせた二人。すでに日刊経済新聞がトキワ自工の新型エンジン開発成功にこぎつけたスクープを報じていたので、自分たちの追加報道で一矢報いることが出来ると判断。さらに詳しい効率の良い燃費の数値や新型車の詳しい性能を知る必要があると考え、知り合いのトキワ自工部品部門の藤田正男主任に今まで仕入れた新型車の機能や走行している写真を示し、「この新型車に低燃費エンジンを載せているのでしょう。どの程度の排ガス数値になるのですか」と肝心の性能部分を立て続けに質問する。
     これだけ新商品の事実を出されて藤田主任は観念したのか、大まかな燃費効率の数値や新しい機能を加えることを暗示してくれた。
     多くの事実が確認できたため、毎日自動車新聞用と週刊トップ用の二本の記事を執筆。
     『トキワ自工、今春ついに低燃費エンジン搭載の新量販車を他社に先駆けて日本市場に投入』北沢、渾身のスクープ記事が書けたと確信したが、いざスクープ記事が載った翌週の反響は皆無に近かった。
     「やはり一般経済紙に関連記事が先に出てしまったのが大きいか」と改めて一般紙の影響力の大きさを思い知らされることに。

    <筆者紹介>
    中野駒
    法政大学卒 自動車業界紙記者を経て、自動車流通専門のフリー記者兼アナリスト。業界歴併せて40年。

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