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    <小説>鼓動 もう一つのスクープ(第2話)

    • #一般向け

    2021/06/01

    BSRweb小説企画第一弾

    業界記者の視点で描く、自動車業界を題材にしたオリジナル小説。
    第1話へのリンク

    ※この小説はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

    第2話:新人時代に学んだこと

     静かな空気が漂う中で黒川が口を開く。「北沢さん、新人時代が懐かしいでしょう。先輩に厳しくしごかれたようですね」
    「いやいや、自分もえらそうなことは云えないよ。毎日自動車新聞に所属していた新人記者の頃、当時の雨宮涼助編集部長に記者のイロハを教わったなあ」
     新人時代に雨宮部長に呼び出され、「私と一緒に当分仕事しよう」と云われて一ヵ月程度、取材エリアの企業訪問を重ねた。数件の企業を回った後、渋谷にある大手販売会社「日本フローラ」の高橋太郎社長にインタビューした。雑談のような世話話をした後、帰社の途中、「君、今の取材で何本記事が書ける」と雨宮部長が問う。
    「急に云われても、一本もまとまりません。だって、大半が雑談のようだった気がしますので」
    「何云ってるんだ。経営状況や販売政策に触れていたはず。単なる世間話だけではなく、その中に織り交ぜて聞いているのに分からないの」
    「ダメだなあ、何をボーっと聞いていたの。今の社長の話で最低4本書けるよ。取材先に訪問するときは、その会社の下調べとテーマ、ストーリーを頭に入れておかないと」
     雨宮部長に同行して体得したのは取材の要点。世話話の中に聞きたいことを入れ、メモを取らずに頭に全て記憶することを学んだ。
     新人期間の記者には一定の社内ルールがある。月間最低一千行(一行14字詰)のノルマが課せられているのだ。一千行に達しない記者は月末に名前を読み上げられ、叱咤される。記事の良し悪しは別として行数至上主義なのだ。
     記事を上手く書けるようになって数ヵ月、「君、今夜予定ある? 用事がないようならウチに来ない。良かったら後藤信男君と一緒に。これが自宅の住所」と、大切な用件がある口ぶりで声を掛けてきたのは鈴木茂男編集局長。メモの住所を頼りに亀戸駅近くにある鈴木局長宅に到着。すでに座敷に座わっていた局長はおでん料理を準備して待っていた。自分たち二人は局長に促されるままおでんの大根を突いている時、「君たち、自分の派閥に入らない」と局長が切り出した。この時、小さな業界紙にも派閥の存在を知った。派閥のゴタゴタに巻き込まれるのが面倒なので、「会社を辞めよう。何とか食べられるつても出来たので」と毎日自動車新聞社を辞める決意を固めた北沢。
     「派閥がきっかけで辞めることにしたのですか。今初めて毎日自動車新聞を退職する理由を聞きました」と、同僚だった黒川が納得した表情で語り、「局長の派閥に自分も何となく入ったものの、何のご利益にも預からなかった」と告白した。

    <筆者紹介>
    中野駒
    法政大学卒 自動車業界紙記者を経て、自動車流通専門のフリー記者兼アナリスト。業界歴併せて40年。

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