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深刻なブレーキフルード・エンジンオイル不足の裏と、現場が死守すべき「安全の境界線」

  • #コラム

2026/06/05

 「エンジンオイルが予定通りに入荷しない」、「ブレーキフルード(ブレーキオイル)の在庫が底を突きそうだ」。2026年初夏、全国の自動車整備や鈑金塗装の現場は深刻な事態に直面している。

 中東情勢に端を発するオイル不足の波に対し、苦肉の策として車検時の予防交換を見送る工場も増えてきた。しかし、経営者や技術者だけでなくカーオーナーにとっても「本当に交換しなくて事故は起きないのか」と不安を抱えている方も多いだろう。

 この記事では、現在現場が直面しているエンジンオイル、ブレーキフルードの不足について、現状を整理する。さらに、一時しのぎの温存策に潜むリスクを化学的な面から考える。目下の在庫不足という嵐の中で事実関係を正しく把握し、自社の信用と顧客の命を守る「決して譲ってはいけない安全の境界線」を見ていきたい。

2026年「2つのオイル不足」の影響と危険性

エンジンオイルの供給不足は間違いない

 「業界全体でオイルが不足している」という噂はどこまでが真実なのか。
 2026年4月以降の業界報道を振り返ると、現在の供給危機は単なるパニックではなく、明確な構造的問題であること分かる。中東情勢の緊迫化に伴い、ベースオイルの供給が減少したことで、まずはディーゼル車用を中心としたエンジンオイルの不足が深刻化した。 さらに同年5月中旬には、大手輸入車ディーラーが公式に「中東情勢の影響による原油供給および国際物流の停滞」を理由とし、メンテナンスパックにおけるエンジンオイル交換の一時制限を発表する事態にまで発展している。

ブレーキフルード市場の枯渇と、車両内部での「不足」の危険性

 エンジンオイルの不足が社会問題化する中、同様に現場を悩ませているのがブレーキフルードの調達難である。しかし、ブレーキフルードに関して「在庫がないから交換しない」という判断を下す前に、技術者として2つの‟不足”の概念を整理しなければならない。 1つ目は市場における供給の不足だが、より恐ろしいのは2つ目の、車両内部における「ブレーキフルードの不足(液量低下)」と「化学的劣化」である。ブレーキパッドの摩耗や微小な漏れによってブレーキフルードが不足すると、ペダルの踏力が適切に伝わらなくなる。供給不足を理由に定期点検や補充を怠ることは、ダイレクトに車の制動力を奪うことにつながる。


「在庫がないから換えない」の危うさ。化学的な事実

 「オイルが入荷しないのだから仕方ない」。その判断は一見やむを得ないように思えるが、プロフェッショナルの技術者として以下のリスクと事実から目を背けてはならないのではないだろうか。


①吸湿性と沸点降下について

 たとえば、一般的なブレーキフルード(DOT3やDOT4)の主成分であるポリアルキレングリコールエーテルは、極めて高い吸湿性(空気中の水分を吸収する性質)を持っている。密閉されたブレーキラインであっても、ゴムホースやシール類の隙間から徐々に水分を取り込んでしまう。新品時(ドライ沸点)には260℃前後ある沸点は、水分をわずか数パーセント吸収するだけで160℃近く(ウェット沸点)まで急降下する。 現場で使われるフルードテスターで測れるのは、あくまでリザーブタンク内の状態に過ぎない。実際に、最も高温になり気泡が発生してブレーキが効かなくなる「ベーパーロック現象」を起こしやすいのは、車輪側の配管内である。タンク内が安全でも、配管の末端ではすでに危険水域に達している可能性は十分にあり得る上に、未交換期間が延びるほどこの危険性は加速度的に高まる。


②防錆剤の限界とプロとしての法的責任

 未交換の期間が延びれば、オイルに含まれる防錆剤も酸化→分解され、マスターシリンダー内部などで金属腐食(錆)が密かに進行していく。 「今回は在庫不足のため交換を見送ります」と顧客から同意書をもらったとしても、万が一事故が起きれば、プロとしての安全確保義務が重く問われる。「業界全体が不足している」や「顧客の同意」は決して万能の免罪符にはならないと心するべきである。

エンジンオイルとブレーキフルードが不足した際のリスクと対応比較

 エンジンオイルとブレーキフルード、それぞれの不足がもたらす影響と現場での対応方針を以下の比較表に整理した。判断基準として役立ててほしい。


項目

エンジンオイル不足時の影響

ブレーキフルード不足時の影響

供給難の主な要因

中東情勢によるベースオイルの供給減

物流混乱及び特殊化学素材の枯渇

車両内部での不足と劣化

燃費悪化、部品摩耗、エンジンの焼き付き

ペダル踏力の伝達不良、ベーパーロック(制動不能)

現場での緊急対応策

走行距離を加味し、必要な車両から優先交換

テスター診断と酸化具合に基づく厳格な選別

未交換のリスク例

エンジン寿命の短命化など機械的ダメージ

即座の重大事故(ブレーキ不全)に直結する人命リスク

思考停止をせず選びうる道

 「業界全体で品薄だから仕方がない」という意見は最もだが、ここでは現場を回していくための現実的な対策を提案したい。


①根拠に基づいた「自社独自のデッドライン」の設定

 現場の整備士の感覚だけに頼るのではなく、会社としてルールを定めるのはいかがだろうか。「前回交換から約2年の経過を交換時期とする」、「タンク内の変色がくすんだ黄色から黒くなったらNG」など根拠に基づいたデッドラインを明文化する。そして、基準を超えているが在庫がない場合は、「安全が担保できないため今はお引き受けできない」としっかり断る決断力が結果的に顧客を守ることに繋がる。


②競合から協調へ。地域ネットワークでの「在庫シェアリング」

 既存の卸ルートから入荷がないのであれば、異業種への打診などあらゆる手段を模索するだろう(並行輸入品の場合は注意して製品を購入いただきたい)。さらに、地域の整備工場ネットワーク等を通じて、エンジンオイルやブレーキフルードの在庫状況を共有し合う‟緊急協定”を結ぶこともできるだろうか(そんな余裕はない場合も多々あるだろうが……)。競合他社であっても手を取り合い、地域全体の車社会の安全を守り抜くという意識も失くさないでほしい。

ピンチを「信頼」に変えるために

 2026年上半期のオイル不足は一朝一夕には解決しないだろう。だからといって「予防整備の省略」を常態化させ、劣化という逃れられない事実を軽視すれば取り返しのつかない事態を招きかねない。貴社では「テスター上の数値はギリギリ基準内だが、お客様の使用頻度を考えると次の車検まではもたない可能性が高い車両」が入庫した場合、不足する在庫を削ってでも交換に踏み切るだろうか?それとも別の対応をとるだろうか?