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ナフサ不足・価格高騰、本当に悪いのは誰だ!? 危機を煽り立てるマスメディアの罪と罰

2026/07/09

 2026年、中東情勢の緊迫化にともなうナフサ不足・価格高騰によって国民生活や企業活動に不安が広がっている。マスメディアはこれを「政府の失策」と一斉に報じるが、その裏側では、過去の品不足パニックと酷似した構造が浮かび上がる。1970年のオイルショックから現在進行形のナフサ問題まで、流通をめぐる実態と、危機を煽る報道の役割を検証する。


米卸売業者は悲鳴、在庫は去年の2倍


 記憶に新しい2024年の米騒動。当時、マスメディアは「米がなくなる」「価格が高騰する」と盛んに報じ、多くの消費者が買い占めに走った。しかし現在、米の価格は落ち着きを取り戻し、5キロ辺り2,000円から3,000円台で購入できるようになった。


 その一方で、米卸売業者は深刻な事態に直面している。ある報道によれば、数億円もの赤字を抱え、在庫は前年の2倍に膨れ上がっているという。


 2025年6月、小泉進次郎農水相は国会で、米の流通について社名こそ明かさなかったものの、営業利益を大幅に伸ばした大手卸売業者の存在に言及していた。つまり米不足というものは、メディア報道が消費者の購買心理を過剰に煽り、普段5キロしか買わない層が10キロ、15キロと買いだめに走った結果、市場から一時的に米が消えただけでなく、米の需要が上がり、価格が高止まりをしていたのをいいことに、米の流通を誰かがどこかで止め、利益を貪っていたという人為的な問題でもあったことを示唆している。


全部、マスメディアが煽り散らかした結果


 こうした現象は、今回が初めてではない。歴史を振り返れば、日本は同様のパニックを何度も経験してきた。1970年のオイルショック時にはテレビ報道がきっかけでトイレットペーパー不足が発生。2020年には新型コロナウイルスの流行に伴いマスクが店頭から消え、そして2024年には米不足が起きた。


 2026年4月には、某番組でナフサの専門家が、「間違いなく今の状況が続いたら、日本は6月に詰む」という発言をして、メディアやSNS、そして政治の世界をも巻き込む巨大な論争を巻き起こした。


※「詰む」は将棋用語でもあり、物事が完全に行き詰まり、これ以上打つ手がない・もはやどうにもならない状況を表す言葉


 これらの出来事に共通するのは、マスメディアがことさらに危機感を煽る報道を行い、それが国民の不安を増幅させ、結果的に品不足・便乗値上げという状況を作り出してしまったという構図である。社会の公器であるはずのマスメディアが、パニックの引き金となっていたという現実は、重く受け止められなければならない。


 川上で足りていても、川下で目詰まりを引き起こしてしまうメカニズム


 自民党の土田慎衆議院議員は、ネットの討論番組で、「政府は一部でナフサ由来の製品の目詰まりが起きているが、総量は確保していると発言している。かたや現場では、原材料が全く入手できない・困難。総量が足りていない。という政府と現場のズレがあることは理解している」としつつも「ナフサは製油するところから最終的な製品になるまでに10段階くらいの会社、事業者を挟む」と述べている。


 政府の言う通り、川上の部分の総量が足りていても、10段階のうち、3段階くらいの会社が「(マスコミがナフサが足りないと騒いでいるし)来月どうなるかわからないから出荷を絞ろう」と言って出荷を絞ると、途端に「目詰まり」を起こして川下の企業に行き渡らなくなってしまう。鈑金塗装工場が塗料が足りない、シンナーが足りないと言っているのはこの構造によるところが大きい


ナフサを政府批判の道具にしたツケ



 本当に政府が悪いのなら正しく批判すべきだと思う、しかし、マスメディアが不必要に煽り立て、国民にパニックを引き起こし、政府批判の道具として利用するならば、その罪ははるかに重い。


 マスメディアは今一度、その社会的責任を自覚し、いたずらに不安を煽るのではなく、事実に基づいた建設的な報道を行うという原点に立ち返るべきである。国民の信頼を取り戻す道は、そこからしか始まらない。