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    業界記者が東京海上の修理工場マッチングサービスに思うところ

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    2024/04/02

     東京海上日動火災保険は2024年3月29日、指定工場制度を廃止し、それに代わって修理工場マッチングサービスを同年10月1日より開始すると発表した。
     同社が指定工場廃止に至った背景には、指定工場のビッグモーターが大量の保険金不正請求を行ったことによる。指定工場制度は本来、同社が定めた基準を満たした修理工場であり、安心して勧められるはずであった。しかし、一連の不祥事で信用を失ってしまった。そのため事件が社会的に注目を集めるようになって以降、同社が事故報告を受けた被保険者から入庫先を相談されても、それを提示できない状況が生じていたことは想像に難くない。
     そこで、新たな基準で工場を選定し出直しを図ろうとしているのが、この修理工場マッチングサービスだ。地域や入庫希望日などの条件で絞り込みできる機能や、口コミ機能がついており、ユーザーが入庫判断する際の参考にできるという。専門家ではない一般人の判断がどこまで客観的であるか疑問は残るが、最近のデジタルプラットフォームの機能として申し分ない。
     筆者が気になったのは、その事を伝える報道資料の記述だ。新たな工場ネットワークの構築に向け、車体整備事業者の参加を呼びかけた個所に、「一律に設定していた工賃の割引」は廃止するという言葉が使われている。筆者が知る限り指定工場制度(に限ったことではないが)で紹介された保険仕事で割引された工賃が、被保険者や賠償金として被害者に支払われたなどと言うことは聞いたことがない。指定工場制度における工賃の値引きとは、保険会社にとっては一定量以上の仕事量を約束することで得られるコストダウンであり、指定工場側とも通った話なのかもしれない。だが、被保険者や損害賠償を受ける被害者らの立場で見たとき、車体整備事業者が出した修理内容について必要な工賃を支払っていないことになり、言い換えれば保険金の不払いと捉えられかねない。特に「一律に設定していた工賃の割引」というからには、そこに修理における必然性の適否判断が存在しないと受け取られても反論が難しいからだ。
     何も大したことではない。同社にとって、車体整備事業者から評判が芳しくなかった工賃の割引がなくなることを、何気なく記したに過ぎないのであろう。この業界にどっぷり浸かった業界人の感覚として理解できる。
     だが、指定工場制度で入庫した場合、「一律で工賃の割引」を行っていたことそのものが、保険金の不払いと受け取られかねない危険な表現であると業界トップの同社が認識できていない。その感覚そのものに、この業界に横たわる料金問題の根深さを感じずには居られない。
     折しも公正取引委員会が車体整備事業者で構成される日本自動車車体整備協同組合連合会に対し、工賃単価について保険会社と団体で交渉していくことを認めた。これは車体整備事業者と保険会社に契約関係が法的に認められたからこそだが、同時に車体整備事業者は被保険者らの代理という立場を喪失してしまった。そのことが、今後の保険金支払いにどのように影響していくのか、憂慮している。なぜなら、保険会社が出す事故車両の損害認定金額と、車体整備事業者がその事故車両を見て出す修理金額とは似て非なるものだ。しかし、現場では同一視されている場合が多いからである。
     本来、損害認定金額と個々の車体整備事業者が示す見積りが一致する必要はない。保険会社が損害認定金額を自社の調査によって適正と信じる金額を被保険者らに示し、納得してもらう。被保険者らは、その後改めて任意の車体整備事業者に修理を依頼する。そのとき、車体整備事業者は保険会社の損害認定金額とは関係なく、自社で修理に必要な見積りを出す。これが自動車保険における保険金支払いと修理依頼の流れの本来の流れだからだ。
     たとえば、保険会社の損害認定金額が100万円だったとして、車体整備事業者が150万円の見積りを出すことがあるかもしれない。その場合、被保険者らは別の工場に再見積りを出すか、追加で資金を入れて修理に出すかを判断することになる。保険会社の100万円と車体整備事業者が出した150万円のどちらが適正かは、複数の車体整備事業者に見積りを出せば分かることだが、事故車整備の適正価格が分からない被保険者らにとって負担が大きい。そのため、保険会社と車体整備事業者の間で話し合うことが一般的な流れになっている。上手く機能しているうちは優れた顧客サービスだが、どうしても支払う側(保険会社)と支払いを受ける側(車体整備事業者)のやり取りは摩擦が生じ易く、零細企業が大半を占める車体整備事業者が我慢をしているケースが少なからずある。それが、同社の広報資料に記された「工賃の割引」「代車の無償提供」に表れている。車体整備事業者が工賃単価アップを団体交渉してでも変えたいと切望するのはこうした背景もある。
     話を戻すと、公正取引委員会の発表によって、今後は保険会社と車体整備事業者が修理契約のある主体同士として修理内容を検討していくことになる。ただでさえ希薄な、損害認定金額と値引き(あえて割引としない)に対する認識が、今まで以上に失われてしまうのではないか。今後も事故車整備の価格について、何らかの値引き交渉が行われていくことは間違いない。そして、そこで行われた値引きはこれまで通り、被保険者らに還元されることは恐らくないだろう。保険会社は修理を合理的に実施する方法を提案して結果的に減額に至ったものであり、車体整備事業者も納得していると、説明するつもりなのかもしれない。確かに、過剰な整備に対する適切な減額か、それとも単純な値引きであるのかは個別の事案ごとに判断すべきだ。だが、本来、車体整備事業者が出した修理内容に対し、安易に値引き交渉することは、特に損害賠償において示談交渉に影響することであり、慎重を期すべきであるはずだ。単純な商売上のスケールメリットで片付けてはならない。ところが、車体整備事業者にとって保険会社が契約関係のある顧客となった場合、修理判断における合理的な判断に基づいた減額と、単純な値引きとの線引きが曖昧になってしまうおそれがある。
     その気配を、新しい修理工場ネットワークを作るに際し、これからは「工賃の割引をしない」と臆面もなく公の場で言ってしまえる、同社の感覚に感じている。とても現実的とは言えないが、ここは原点に立ち戻り損害認定金額は保険会社と被保険者らによって一旦行われるべきなのかもしれない。
     ビッグモーターの保険金不正請求問題を、保険販売の挙績と保険を使った事故車修理とをバーター取引したことが原因であったとするのが一般的な世間の見解だが、それだけではないというのが筆者の見立てだ。もう一つの病理、むしろこちらこそ真因ではないかと目しているのだが、それが被保険者らが不在の保険金支払いシステムだ。事故車整備の内容や価格の適否は専門知識がない一般の人には難しく、専門家である車体整備事業者と保険会社で話し合うことは、システムとして非常に上手くできている。正しく機能すれば保険金の迅速な支払い、ひいては被害からの救済に資するものだ。一方で問題が生じたとき、それが見えにくくなってしまう。専門家だけの閉鎖的な空間で完結するやり取りが、第二のビッグモーター事件の萌芽となり得るのではないかと憂慮している。
     そうした意味で国土交通省が示した車体整備の透明性確保へガイドラインは正しい。専門家とそうでない者との間にある情報の非対称性が不健全な状態のままで維持されることは、被保険者らはもちろん、車体整備事業者、保険会社にとっても、長い目で見たとき良い結果を齎さないのではないか。

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