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    とある工場の仁義ある戦い VOL.3

    第3話 オレってすげぇやつになれるんじゃない?

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    2023/09/05

    生々しい感情がうずまくしわだらけのメモ用紙

    それでも立ち直りまでは時間がかかる


     これは、とある工場(本連載ではこの名称で統一する)が自動車補修業界で生き抜くための戦いの日々を記録するノンフィクションである。
     2018年。二度に及ぶ自殺未遂を経た後、友人Bさんの助力もあり再び社会復帰を目指し始めたA社長。しかし、その道は安易なものではなかった。細々とではあるが仕事をしている間は忘れていても、誰もいない家に帰ると家族との日々がよみがえり、A社長を悔恨の念で苦しめる。両親からは「また同じことを繰り返すのでは」と心配をされ、友人に勧められて始めた「思ったことを文字にする」を実践したが、そこに書かれた仕事、家事、子どもに分類されたメモを読み返すとますます心は闇に落ちていく。握り潰された後が生々しいメモの1枚にはこう書かれている。

    【仕事】
    売り上げは上げないといけない。上げるために自分の時間を削る=家族の時間もなくなる。もっと仕事のマネジメントをしっかりやる。ママにも1週間のうち1日でも事務所に来てもらって、マネジメントチェックをしてもらう。最近は自分でノートにやることを書いてやっているがもっと改善の余地あり。

     A社長は「家族が戻る可能性はないのに、それにすがっていたあのころは、闇に落ちた堕天使のようだった」と理解不能な言葉で振り返る。落ちたから堕天使なのに……。
     自分とお金しか信じずにただひたすらに来る仕事をこなし、養育費と税金、支払いをしていく。わずかに増え、大きく減っていく資金に合わせるかのようにA社長の気持ちも上がったり下がったりを繰り返していた。「無理はするなと言うが、無理をしないと生きていけない。自分の命を両替してお金を得ているようなものだ」と半ば諦め気味になっていた。


    アスペルガー症候群から差す光明


     そんな闇に落ちていたある日、過去にA社長と共同生活を送っていた養護教員のBさんから連絡があり、「授業の一環で調べてみたら、もしかしたらA社長はアスペルガー症候群なのかも」と疑惑を向けられる。心配になったA社長はアスペルガー症候群について調べ出し、そこで闇から抜ける光を見つけ出す。
     本来、A社長は明るく前向きで行き当たりばったりな性格とともに多くの仲間に囲まれて生きてた人間である。その性格が離婚をきっかけに大きく歪んでしまっただけである。しかし、アスペルガー症候群の各業界のスペシャリストの名を見て、A社長は本来の姿を思い出す。「え、もしかして、オレもスペシャリストになれるってこと? すげぇやつになれるんじゃない?」。
     そのあまりに極端な解釈に一抹の危うさを憶えるが、あえて病院へ行かずに「オレはアスペルガー症候群。スペシャリストの卵だ!」と思い込み信じることは、A社長の性格を明るく戻すと同時に仕事への向き合い方にも変化を生じさせた。


    3 ヵ月の仕事の変遷。7月後半からの仕事量はBSR編集部にも匹敵するほどの量である

    銀行残高359円の衝撃


     そのころのとある工場の経営状態は芳しいものではない。目先の現金欲しさに掛け売りを拒否し、内金をもらいその金で生活をするような状況だった。また、売上金を銀行に入れず、絶えず手元に置いていた。そのため、2017年10月13日に80円で開設した口座は、2018年6月26日時点で残高は23,884円という指先が震え、箸で豆を掴むのが難しくなるような金額である。なお、この通帳は個人と企業の共有通帳である。つまり、口座上とは言えこれがA社長が持つすべての金である。
     そして、同年8月16日には残高が359円という泣く子も黙る衝撃的な金額をたたき出す。
     しかし、堕天使から浮上し、おっさん顔の天使になり始めてたA社長は考えを改めていた。ここに工程管理及び手帳代わりにしていた当時のカレンダーがある。自殺未遂をした6月後半から7月上旬までは目も当てられない状況だが、一念発起した7月下旬から未経験のバイトを雇い、徐々に仕事を増やし始めていく。8月のカレンダーを見る限り、かなりの仕事量となっている。
     仕事が増えた要因は、前述のようにA社長の多くの仲間のおかげである。「生きるために恥もプライドも捨てた」と話すようにA社長は先輩や後輩に対して靴を舐める勢いで仕事を求めた。その中には、法には触れないが限りなくブラックに近いグレーな行為も含まれていたが、「すべては養育費、税金のため」と割り切った。
     特に大きな金額となったのは後輩から紹介された中古車業者からの仕事だった。鈑金塗装業界において、中古車の仕事はパネル1枚いくら、と単価が低いことが多く、敬遠されがちである。当初こそA社長はそれに甘んじていたが、工場の作業効率が下がることもあり、取引を止めようとしていた。そんな矢先に「周辺の鈑金塗装工場から仕事をすべて拒否された。言い値でかまわないのでやってほしい」と依頼が入り、状況は一変する。保険会社には通用しない「やった仕事と材料費を正確にしっかりと請求する」を徹底し、7月と8月上旬の売り上げである36万余円が振り込まれた。それをきっかけに、とある工場のそれ以降の口座が100円台という悲しすぎて腸捻転するほど笑えてくるような金額になることもなく、低いながらも安定をし始めるのである(2021年5月末現在)。

     次回も引き続き、銀行口座からとある工場の動向を追うとともに、A社長の仕事の取捨選択に迫る。



    一つの企業体の資金が359円。 絶望以外の感情を見つけるのが難しい

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