JOURNAL 

    <小説>鼓動 もう一つのスクープ(第11話)

    • #一般向け

    2021/08/25

    BSRweb小説企画第一弾

    業界記者の視点で描く、自動車業界を題材にしたオリジナル小説。
    第1話へのリンク

    ※この小説はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

    第11話 のれん代を無視するタイガー

     80年代、欧州の名門タイガーが日本に直接進出する計画が密かに進行していた。
     この情報は以前、フランス大使館で知り合いになったフランス・ドイツ両国の通訳をしていた伊部徹から聞き込んだものだ。業界では欧州自動車メーカーが代理店を通さずに直接進出する噂が飛び交っていた。もう少し詳しい話を聞こうと、改めてインタビューの時間を取ってもらうことに。「ご無沙汰しています。海外メーカーの事情を一度詳しく聞きたいと思いまして、ご足労願った次第です」と趣旨を説明する。「そうですか。私はしばらくドイツで自動車メーカーの通訳をしていたのですが、ある日、タイガーの重役室に呼ばれて『日本に直接市場参入できるか否か』の特命の業務要請を受けた」と事情を説明する伊部。「それで東京・青山に最近、事務所を構えた」と経緯を語る。
     当時の輸入車市場は日本の代理店網が全国に張り巡らされていたため、輸入車メーカーが直接進出する余地は不可能と指摘する自動車評論家が圧倒的多数だった。このような困難な状況の中で、伊部のジャッジに興味を持った北沢はストレートに聞いてみた。
     「私が市場調査した結果、直接進出することは可能」と結論を出し、すでにその詳細な報告書をタイガーに送付したという。
     その半年後、タイガーの先遣隊が東京に赴任、早速、日本総代理店である梅村自動車の梅村樹一社長らに直接進出する計画を丁寧に説明する。これに対して梅村社長は猛反対を表明。「日本では外国製品を長年売ってきた実績は重んじられ、のれん代という概念が存在する」と、噛み砕いてのれん代を説いて見せる。
     ところがタイガー側は、のれん代という対価は全く眼中になく、あくまでも欧米流のビジネスライクで交渉を進めるという態度を崩さない。ある程度、時間を掛けて日本進出の意義を根気よく説明。「タイガーが参入することで日本のタイガーシェアが向上する。今の梅村自動車の販売力と新規参入の相乗効果によって販売台数が格段にアップする」との一点張り。

     梅村自動車の理解が得られない中、東京・六本木に直接進出の事務拠点を開設。いわば見切り発車した形だ。しかも思い切った計画を矢継ぎ早に実行に移す。具体的な動きとして、既存の梅村自動車の販売ネットワークの他に新たにタイガーの販売網の構築に着手。新店舗の出店希望業者には中古車販売店や他銘柄の輸入車販売店をリストアップし、積極的な出店営業を開始した。新店舗はタイガーの車種だけを展示する専門ショールームの開設とタイガーの店舗CIを施すことを出店条件にしているのが大きな特色となった。加えて、タイガーを修理する際は、工具や部品類は全て純正品を使用するとの契約。この狙いはタイガー・ブランドは、全てタイガーの人間が責任を負う、という伝統思想の由来が色濃く反映している。
     北沢は最初の日本市場への進出経緯や新規店舗の進捗状況まで把握していたため、時間をそれほどかけずに記事にまとめることが出来た。
     これは経済誌の内容にふさわしいと判断、西洋経済誌用に『日本独特ののれん代を無視したビジネスライクの日本進出を果たすタイガー』との見出しで送稿。タイガーはその後、狙い通りの計画を実行し、輸入車シェアを拡大、業界を代表するトップ企業に上り詰めた。タイガーのイメージアップ作戦も効果を上げ、一度も減退することなく成長を続けている。

    <筆者紹介>
    中野駒
    法政大学卒 自動車業界紙記者を経て、自動車流通専門のフリー記者兼アナリスト。業界歴併せて40年。


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