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    <小説>鼓動 もう一つのスクープ(第6話)

    • #一般向け

    2021/06/30

    BSRweb小説企画第一弾

    業界記者の視点で描く、自動車業界を題材にしたオリジナル小説。
    第1話へのリンク

    ※この小説はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

    第6話:トキワ自工の拡大路線と頓挫

     まだ自動車業界に未練が残っている黒川も呼び田村と三人で新橋・久助で情報交換を行う。酔いが回るにつれ仮定の話がどんどん広がり、想像力を超えて実際一つの物語が書けそうになった。「ダメ元で本格的に取り組んでみるか」と腰を上げる北沢。以前、トキワ自工に関する特集を取り上げた事があったので、その時の資料を丹念に読み返した。資料の最後の文章に意味ありげな言葉を見逃していた。将来を暗示する記述は、「我々は業界では後発組、拡大路線をとらないと生き残れない」との文言だ。調べる価値がある、と直感し大化けする期待を持つ。
     取材を開始する最初の人物は以前から面識のあるトキワ自工の販売店連合会の中田幸治会長に連絡、翌日早朝に連合会会長室で会うことに。
    「いやあー、君、久し振りだなあ、タイミングが良いよ。二日前にトキワの会議から帰ってきたばかりなんだよ」
    「新しい中期経営計画を打ち出したんですよね」
    「現在の販売戦略を抜本的に見直し、既存の代理店網はそのまま残して、新たに本格的な販売網を構築、新型車を相次いで投入するとの話。しかも販売網を二つ作るらしい。拡大期に入る事だろうから我々売る立場では大歓迎だよ」と諸手をあげて賛成の姿勢を示す中田会長。
     これは良い話を聞かせてもらった、と内心思った北沢。早速、事務所に帰り雑誌と業界紙それぞれに記事を書き分けた。
     トキワ自工は拡大路線を進め、それに合わせて新型車を次々に開発・販売した結果、国内で販売台数、販売シェアが飛躍的に伸長した。しかしながら、その後、思いもよらないような日本経済の急下降が始まりトキワ自工の経営も悪化することになる。先行きが読めない中で、現在進行過程の拡大基調を見直さざるを得ない事態に陥った。

     具体的な見直し策は研究・開発の経費削減、新車の効率的配置が柱の中心。目を付けられたのはモーターレースからの一時撤退と研究拠点の統廃合による効率化、さらに新車ラインナップの中で一部車種を生産中止するという思い切った措置を決める。この見直し戦略の中で新型モデルの削減には地方販売店が強い拒否反応を示すところとなった。
     具体的な現象が中国地方のトキワ販売店に出現した。それは新車販売に於いては競合他社の車種を扱ってはならない、という不文律がメーカーと販売店との代理店契約に一筆入っているが、その掟を破る出来事が起きた。ライバルの朝日自動車の一部車種をトキワ販売店のショールームに展示、取り扱いを開始したのである。
     いち早く、この異例の事態を直接取材、写真付きで業界紙に投稿した北沢。報道記事を受けて、トキワ自工広報の浦沢英樹課長が八重洲の割烹若松で待つという。約束の時刻に出向くと、浦沢課長のほかに役員の広沢慎太郎常務が同席。挨拶をお互い済ませると、「まあ色々ありますが、これからはお互い情報交換を密にして行きましょう。日頃の付き合いが希薄だとボタンの掛け違いが起こりかねませんからね」と交流を重ねることが大切と強調する広沢常務。

    <筆者紹介>
    中野駒
    法政大学卒 自動車業界紙記者を経て、自動車流通専門のフリー記者兼アナリスト。業界歴併せて40年。

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