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【業界動向】まだ止まらないであろう車の値上がり、新たな安全基準GSR2による影響
法規制定背景や日欧でのアプローチの違い、国産カーメーカーの対応などについても解説
2026/07/09
欧州発の新しい一般安全規則であるGSR2(General Safety Regulation 2)が大きな影響をもたらしている。すでに日欧ともに新型車への適用は進んでいるが、法規の適用プロセスにおいては両地域で明確な違いが存在する。そして、この安全法規の源流であるGSR1はなぜ始まりGSR2とは何が違うのか。
欧州安全法規GSR1はなぜ始まりGSR2へどう進化したのか
GSR1(識別番号:Regulation (EC) No 661/2009)は2009年にEUで採択され、当時の複雑な自動車関連の規制を一本化して法規を簡素化することが目的だった。同時に、横滑り防止装置やタイヤ空気圧警告装置、大型車向けの初期的な衝突被害軽減ブレーキの搭載を義務付けた。つまり、GSR1の主な目的は車両単体での‟挙動安定化”と‟基礎的な予防安全技術の底上げ”にあっただろう。
その後、GSR1の導入や衝突安全ボデーの進化により、欧州の交通事故死者数は一時的に大幅な減少を見せた。しかし、2010年代半ばに入ると徐々に横ばい状態に陥ってしまう。車両の物理的な制御や乗員保護だけでは、事故削減効果が限界に突き当たったのである。事態を重く見た欧州委員会は、2050年までに交通事故の死傷者を限りなくゼロにする「ビジョン・ゼロ」の中間目標(2030年までに約半減)を達成するため、2019年にGSR2(同:Regulation (EU) 2019/2144)を採択した。
GSR1とGSR2の決定的な違いは、対象とする安全の領域。GSR1が‟車両の挙動補助”で留まっていたのに対し、GSR2は歩行者や自転車といった交通弱者を保護し、ヒューマンエラーそのものを未然に防ぐ‟高度運転支援システムとドライバー監視”へ要件を拡張させた。単なる車両制御から、高度なセンサーを用いた周辺環境の認識とサイバーセキュリティー網の構築へと変わったのである。
日本の国連規則に基づく段階的適用
GSR2適用の時系列とアプローチの明確な違い
このGSR2の要件を既存車両にどう適用していくかについては、欧州と日本で明確な違いがある。
欧州はトップダウン型の一括適用
欧州では、2022年7月にすべての新型車に対してGSR2の要件が義務付けられ、そのわずか2年後の7月には、販売されるすべての新車登録車(継続生産車を含む)に対してパッケージとして一括適用された。これにより、欧州では基準を満たせない旧型モデルの販売が即座に不可能となった。
日本は国連規則に基づいた段階的適用
一方の日本では、GSR2というパッケージ法規を一括導入するのではなく、国連の自動車基準調和世界フォーラム(WP29)で合意された国際基準を国内の保安基準に順次取り込むアプローチである。 たとえば、バックカメラなどの後退時車両直後確認装置(UN-R158)の継続生産車への義務化は2024年5月からすでに開始されている。
しかし、旧型車にとって本当のデッドラインは、2025年末から2026年半ばにかけて猶予期限を迎える電子制御系や高度予防安全技術の法規群である。
次の国内適用スケジュールを見ると、旧型車がいかに厳しい状況か浮き彫りになる。
・2025年12月から:衝突被害軽減ブレーキ(AEB:UN-R152)の義務化
乗用車の継続生産車に対し、歩行者や自転車を検知し自動ブレーキをかける機能が必須となる。旧型車のブレーキアクチュエーターや低容量のECUでは、規定された制動性能や処理速度を満たせず、プラットフォーム規模の改修が必要となる。
・2026年5月まで:サイバーセキュリティー(UN-R155)及びソフトウェアアップデート(UN-R156)の猶予終了
OTA(無線通信によるアップデート)非対応の継続生産車に対する猶予期限が切れる。かつての通信規格(従来のCAN通信など)をベースとした車では、外部からのハッキングを防ぐこと、安全にソフトウェアを更新して追跡する管理体制の構築が難しい。
・2026年7月から:イベントデータレコーダー(EDR:UN-R160)などの義務化
事故発生時の車両挙動や操作データを正確に記録し、保護するシステムの搭載が継続生産車にも求められる。
これらは単発の規制強化ではなく、2025年12月から今年7月というわずか8ヵ月間に互いに連動した保安要件として、ドミノ倒しのように連続して適用された。古い継続生産車へ後付けの部品追加や一部改良ではこれらの規格には追いつけないだろう。
国産カーメーカーの国内外での判断
国産カーメーカーの対応は、法規適合のために投資を行うかあるいはモデルの生産終了を受け入れるかで各社分かれた。
スバル、トヨタ
2024年7月、欧州でGSR2が全車適用となる前に、スバルBRZ及びトヨタGR86は欧州で販売終了となった。GSR2が要求する高度なカメラシステムやセンサーの追加、それに伴うワイヤーハーネスの大規模な変更が困難であった。法規適合のコストと欧州での販売台数を天秤にかけた結果、採算が合わないとして撤退。
日産
日本国内においても、基本設計が古い車両の限界が見られる。2007年から改良を重ねて第一線で活躍してきたGT-R(R35)が生産終了になる。サイバーセキュリティー法規(UN-R155/156)などを、約20年前の基本設計である現行プラットフォームに適合させることは難しいとの判断だった。
マツダ
一方でマツダでは、2015年に登場した現行のロードスター(ND)に対し、法規を満たすために電子プラットフォーム(ネットワークアーキテクチャー)を根本から刷新した。カメラやレーダーを追加するだけでなく、サイバーセキュリティーに対応するため通信網を作り変えた。
スズキ・ダイハツ
深刻な影響を受けると予想されるのが、数十万円のコスト増が致命傷となる軽自動車や商用車である。法規適合のための開発費や部品代を価格転嫁すれば、エントリーモデルとしての存在が厳しい。そのため、旧型プラットフォームの軽バンや乗用モデルから順次ラインナップを整理し、最新プラットフォームへの集約や他社からのOEM供給への切り替えを進めている。日本特有の軽自動車市場でも安価な選択肢が失われつつあるだろう。
GSR2相当の法規が要求する安全性能の搭載によるコスト増
2026年以降、継続生産車が満たすべき要件の水準はかなり高い。自転車や歩行者を検知する高度な衝突被害軽減ブレーキ、インテリジェント・スピード・アシスタンス、ドライバーの視線や閉眼を監視する脇見・居眠り警告、イベントデータレコーダーの搭載などが求められる。
欧州委員会等の予測に基づく試算によれば、改修コストは1台当たり約18.5~46万円(1,000~2,500ユーロ相当)とされている。そしてこのコストは車両価格へ転嫁される。国内でもGSR1の横滑り防止装置の義務化の際には、カーメーカーによる価格改定が実施された。今回の要件はさらに複雑かつ広範囲に及んでいるため、その影響はより一層大きくなると考えられる。カーメーカーのラインアップは利益率の高い高付加価値モデルへと集約され、市場全体の平均単価上昇が進行しつつあるだろう。
競争環境の激化
GSR1から2への法規の変化は、交通事故の死傷者低減という目的においては間違いなく社会的意義を持つ。しかしその裏側には、開発及び製造コストの上昇による車両価格の値上がりという事実がある。資金力と技術力を持ち、“流れに”順応できるメーカーがシェアを拡大する一方で、対応が遅れると淘汰される動きは、2026年以降さらに加速するだろう。カーオーナーにとっても、初期費用の増加に加え、軽微な接触事故であっても多数のセンサー交換やそれらの調整作業が必要となるため、維持費や修理費用の高額化は避けがたい。
だが、最新の電子制御装置に対して正確な診断と作業を確立し、その必要性と価値をカーオーナーへ透明性をもって説明できる事業者にとっては、この法規改正は自社の高度な専門性を証明する好機にもできる。法令への順応に留まらず、高度化する安全技術を確実な技術力によって維持し、コストに見合うだけの安全価値を社会に提供し続けることこそが、今後の工場に課せられている本質的な課題である。