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自動車補修用塗料の価格動向と戦争による供給危機の分析

近年、自動車補修用塗料の価格は急激な上昇傾向を示しており、2021年から2025年にかけて主要塗料メーカー各社が複数回の値上げを実施しました。その背景には、原材料費・エネルギー価格の高騰や物流コストの上昇、円安、人件費の増加などの複合的な要因があり、各社の企業努力では吸収しきれないコスト増が続いています。さらに2026年に入ると、中東地域での軍事衝突によりホルムズ海峡が事実上封鎖されるという緊急事態が発生し、塗料原材料であるナフサの輸入供給に深刻な支障をきたすことになりました。この戦争による供給危機は、日本国内の塗料価格と流通に未曾有の衝撃をもたらし、業界全体でさらなる価格改定や出荷制限が相次ぐ事態となっています。

2026/03/30

自動車補修用塗料の価格動向と戦争による供給危機の分析

本記事では、関西ペイント、日本ペイント、アクゾノーベルの3社を中心に、自動車補修用塗料の値上げ状況を比較し、各社の価格改定時期・内容・背景を整理します。また、2026年初頭の中東情勢緊迫化(ホルムズ海峡封鎖)によるナフサ供給危機が塗料業界に与えた影響を詳しく分析し、原材料費・為替・需給バランスなどの要因が価格に与える影響について考察します。さらに、今後の価格動向予測や業界全体の傾向と競合比較、各社および業界の対応策(価格改定や代替原料の検討、供給体制の見直しなど)、業界団体や政府の施策、および将来の見通しについて包括的に検討します。

主要メーカー各社の価格改定状況(2021~2025年)

まずは、主要塗料メーカーである関西ペイント、日本ペイント、アクゾノーベルの各社が2021年以降に実施した自動車補修用塗料関連の価格改定について整理します。以下の表は、各社の主な価格改定の時期、値上げ幅、および背景理由をまとめたものです。

改定実施時期 (出荷分)

関西ペイント – 改定幅 (主な製品/費目)
背景・理由

日本ペイント – 改定幅 (主な製品)
背景・理由

アクゾノーベル – 改定動向と背景 (概要)

2021年

関西ペイント販売が2021年8月1日出荷分より改定:
・塗料類 +10~20%, シンナー類 +15~20%, 運賃 +10~15%
背景: コロナ禍後の原料価格急騰(溶剤・樹脂・顔料)と物流費高騰。主要原料工場の火災やコンテナ不足による供給不安

日本ペイントが2021年9月21日出荷分より改定:
・シンナー +15~20%, 溶剤系塗料 +10~15%, 水性塗料 +8~12%, 運賃 +10~30%
背景: 世界的需要急増と北米寒波・工場火災で原料不足。液状エポキシ樹脂などが歴史的高値。加えて海上輸送費・国内運送費も高騰

(※アクゾノーベル日本法人の公式発表なし)
推定動向: グローバルの塗料需要回復に伴い、欧米・アジアで価格改定を検討。日本市場でもこの時期は各社に同調し、2021年末までにシッケンズ等製品で一部値上げを実施した可能性が高い。

2022年

2022年4月1日出荷分より改定:
・塗料類 +15~30%, 硬化剤 +15~30%, シンナー類 +20~40%
背景: 原材料高騰が継続(21年改定後も止まらず)。原油価格の急上昇、国際物流の逼迫、エネルギーコスト高止まり。
2022年10月1日前後に追加改定:
・塗料類 最大+30%(推定)
背景: ウクライナ情勢等による世界的エネルギー価格高騰と円安進行、労務費上昇。

2022年5月23日出荷分より改定:
・水性塗料 +10~15%, 溶剤系塗料 +15~25%, シンナー +30~35%, 粉体塗料 +5~10%
背景: 21年改定後も原材料価格上昇が続く。原油高騰で生産・物流コスト増。自社努力の限界を超え、再度値上げ。

アクゾノーベル(シッケンズ)は2022年前半に日本市場で約12~15%の値上げ(推定)。
背景: 世界規模での原材料費急騰と輸送費・副資材費上昇への対応。全社的には2022年平均14%の価格引上げを達成しており、グローバル市場でもインフレ分の転嫁を進行。

2023年

2023年7月1日出荷分より改定:
・塗料・シンナー類 +5~20%
背景: 前回改定(22年10月)後も原燃料価格や物流費の高騰が継続。加えて為替(円安)の悪化と人件費上昇。コスト圧力長期化により異例の4連続値上げとなる。

2023年5月22日出荷分より改定:
・塗料およびシンナー類 +10~25%
背景: ウクライナ危機に端を発したエネルギー価格急騰、世界的な歴史的円安で原材料コストがさらに上昇。前回22年改定後も収まらないコスト増を転嫁。

[参考] 他の競合メーカー: アクサルタ (Axalta) ならびに同社ブランドスタンドックスが2023年初頭に緊急値上げを実施 。またイサム塗料、大日本塗料、ロックペイントなど国内他社も2022~2023年にかけ値上げを実施 。各社とも二桁%の改定が相次ぐ。

2024~2025年
(直近の改定)

2024年5月1日出荷分より改定:
・塗料・シンナー類 +5~15%
背景: 23年以降も続く原料コスト・物流費の上昇、人件費増に対応。
2025年9月20日出荷分より改定:
・塗料・シンナー類 +5~20%
背景: 原料価格の高止まり、世界的なエネルギー価格高騰、深刻な人手不足による人件費上昇。

2025年7月22日出荷分より改定:
・塗料およびシンナー類 +10~20%
背景: 原材料価格の高止まり(前回23年改定後も顕著)、物価高と人手不足で物流コストが上昇、エネルギーコスト高騰も継続。2年ぶりの値上げ。

アクゾノーベル日本法人では大規模改定の公表事例なし(推定)。
推定: 日本市場では既存の価格水準維持に注力。注: 自動車補修用塗料は多くが外資系製品(シッケンズ等)を輸入販売しており、契約ベースで適宜価格調整している模様。

表の補足:
上記は各社が主に自動車補修用塗料や関連シンナー分野で行った価格改定を中心にまとめています(一部、建築・工業用塗料の情報を含む)。関西ペイントは2021年から2025年にかけて計6回におよぶ値上げを実施し、前例のない「4連チャン値上げ」(2021年8月→2022年4月→2022年10月→2023年7月)と報じられました。日本ペイントも同期間に少なくとも4度の値上げを行い、特にシンナー類は2021年から2023年にかけて累計で数十%超の上昇となっています。アクゾノーベル(シッケンズ)の日本市場での公式発表は限られますが、世界的には2022年に平均14%の価格引上げを達成するなどインフレ転嫁を積極的に進め、日本でも他社の動きに合わせて値上げ対応を取ったと見られます。以上のように、2021年以降の短期間で塗料価格は累積的に大幅上昇し、メーカー各社の価格政策は供給コストの高騰に追いつくため前例のない頻度と規模に及んでいます。

戦争が引き起こしたナフサ供給危機と塗料業界への影響 (2026年)

2026年に入ると、中東地域の軍事衝突(2026年2月28日に米国・イスラエルがイランを攻撃)を契機にホルムズ海峡が封鎖状態となり、日本の塗料産業にとって極めて深刻なナフサ供給危機が発生しました。この海峡は世界の原油・ナフサ輸送の要衝であり、日本はナフサ需要量の約45%を中東(UAEやクウェート等)から輸入しているため、封鎖の影響で原料ナフサの大半が入手困難となったのです。国内で使用するナフサは約6割を輸入に頼っており、残る4割の国産ナフサも原料原油の9割以上を中東輸入に依存しているため、日本のナフサ供給網は事実上ホルムズ海峡に大きく依存していました。この封鎖によって日本へのナフサ輸入は激減し、相場価格は2月末時点の1トン当たり600ドル台後半から約2週間で1,100ドル近くまで急騰。2023年度末時点で約6万円/ kL台半ばだった国産ナフサ価格は2023年度第4四半期(1~3月期)に9万円台へ高騰し、2024年度第1四半期(4~6月期)に1kL=10万円に迫る史上最高水準に達する勢いとなりました。

  • 2026年2月28日: ホルムズ海峡の封鎖

    米国・イスラエル軍によるイラン攻撃の報道を受け、イランがホルムズ海峡を事実上封鎖。世界の原油輸送の約20%が通過する要衝の封鎖で、日本向け原油・ナフサ供給が大幅減少し、原油・ナフサ価格が急騰。

  • 2026年3月上旬: ナフサ価格の急騰とエチレン減産

    国際ナフサ価格が2週間で約2倍近くに急騰。国内石油化学大手(三菱ケミカル、三井化学、出光興産など)は原料逼迫を見越し、エチレンプラントの減産に踏み切る。エチレン製造12基中6基以上で4月の稼働を落とし、原料の長期確保に備える。

  • 2026年3月中旬: シンナー類の品薄と緊急値上げ

    塗料用シンナーの原料であるトルエン・キシレンなどの溶剤が出荷制限となり価格急騰。日本ペイントHDは3月19日発注分より建築用シンナーを75%値上げ。エスケー化研など他社も値上げ・出荷調整に動き、塗料業界全体で「材料がない」という異常事態に。

  • 2026年3月24~25日: 政府・業界団体の緊急対応

    高市早苗首相は経産相に対し、中東情勢による石油製品供給への対応策検討を指示。政府は3月26日より石油国家備蓄を放出開始し、ガソリン価格抑制策に予備費約7,948億円を充当。ただしナフサ自体は国家備蓄の対象外で、即効性は限定的。石油化学工業協会は主要製品の在庫「3.5~4か月分」を公表し、ナフサ代替調達と供給維持に全力を挙げると表明。

  • 2026年3月下旬: 広がる現場への影響

    塗料用シンナーの極度な不足により、塗料メーカー各社は出荷調整と緊急値上げを相次いで発表。現場ではホームセンター等で購入数量が「1缶限り」まで制限され、棚からシンナーが消える事態に。大日本塗料 (DNT)など一部製品は通販でも品切れが続出し、次回入荷が数ヶ月先と案内されるケースも発生。

シンナー不足による価格高騰・供給制約の詳細

ホルムズ海峡の封鎖によるナフサ不足は、塗料産業に2つの直接的なインパクトをもたらしました。ひとつは原材料コストの急騰、もうひとつは製品自体の供給不足(出荷制限)です。

原材料コストの急騰:
前述の通りナフサ価格は危機発生とともに急騰し、日本ペイントHDの広報担当者は「原油・ナフサ価格の上昇で原材料の調達が困難」と値上げ背景を説明しました。日本ペイントは建築用シンナー製品を3月19日発注分より一律75%値上げし、他の製品(自動車補修用塗料など)についても状況次第で対応を検討中とされます。また、塗料メーカー各社と取引のある大信ペイントは、3月中旬の時点で既にシンナー類の販売数量を制限しており、戦況悪化に伴い2026年4月1日出荷分からシンナー全般を60~70%の大幅値上げとする緊急措置を発表しました。このように、通常では考えられない規模の価格改定が次々と打ち出されており、今回の戦争によるコストショックが従来のインフレ率をはるかに上回るものであることが窺えます。

供給不足と出荷制限:
ナフサ由来の有機溶剤不足により、塗料用シンナーの在庫逼迫と品薄が深刻化しました。業界では複数のメーカー(例: KFケミカル、プレマテックスなど)からシンナー類の出荷数量制限通知が相次ぎ、シンナーの入荷見通しが立たないため一時的に販売を見合わせる措置を取る販売店も現れました。実際、ある大手通販サイトでは関西ペイント製シンナーの在庫切れが発生し、次回出荷予定が「2026年6月下旬」と案内されるなど、少なくとも数ヶ月規模の供給遅延が予想されています。店頭でも**「一人1缶まで」「入荷時期未定」といった貼り紙が並び、ホームセンター等で棚から商品が消える事態が報告されています。塗装現場では、「希釈用シンナーがないと塗料を塗ることも機材を洗浄することもできず**“仕事にならない”」との悲痛な声が上がり、工期の遅延や追加コストといった下流への影響も現実化しています。

各メーカーの対応策と業界全体への波及

この緊急事態に対し、各メーカーや業界はさまざまな対応策を講じ始めています。日本ペイントは上述のとおり緊急値上げと出荷調整を行いつつ、「現時点で減産は行っていない」としており、手持ち在庫や他地域からの融通などで製造ラインの維持に努めています。また関西ペイントも公式発表こそありませんが、同社製シンナーの一部製品が流通在庫切れになるなど、同様の供給逼迫に直面しています。エスケー化研(建築塗料最大手)や大日本塗料、ロックペイントなども出荷調整や緊急値上げに踏み切ったと伝えられており、国内塗料業界全体が一体となって危機対応に追われている状況です。

海外の動きを見ると、アクゾノーベル(シッケンズ)やアクサルタ、PPGといった大手グローバル企業も、原料調達の混乱に対処するための行動を迫られています。例えば韓国では、国内大手のKCCやノリOO、サムファ(仮名)などが4月から塗料製品の価格を一斉に10~40%引き上げると発表しており、戦争によるナフサ不足がアジア全域で塗料価格のドミノ値上げを招いています。欧州市場に目を転じると、当初は在庫備蓄と自前の精製設備により直接的影響は限定的でしたが、中東からアジア向けのナフサ供給滞りを補うために欧州からアジアへのナフサ輸出が急増しつつあり、欧州でも価格上昇と需給逼迫への警戒感が高まっています。「世界的にナフサと原油の需給がひっ迫し、価格を上げて需要を破壊する以外に市場均衡を保つ手段がない」との指摘もあり、塗料用原料のグローバル市場で高値による需給調整が進んでいます。アクゾノーベルを含む欧米の塗料メーカー各社も、自社拠点での在庫確保や代替ルートからの調達を図りつつ、必要に応じて価格改定や生産調整を各国で行う状況です。

他方、日本国内では「水性塗料」への転換やナフサ代替溶剤の開発・活用にも注目が集まっています。特に有機溶剤(強溶剤)を使用しない水性塗料の導入や、水で希釈可能な新型溶剤の利用は、こうした原料危機下での有効策として塗装現場やメーカーから提案されています。例えば、溶剤メーカーの三協化学は自社製の「エコ塗料用シンナー」を代替品として提案し、引火点が高く危険物規制の緩和対象となる安全性や有機溶剤中毒予防規則に非該当である利点をアピールしています。急場の対応策としては在庫の融通や代替溶剤の活用、また水性化可能な塗料システムへの切替など、業界全体で柔軟な戦略転換が求められています。

価格高騰の主要因と要因分析 (2021~2025年)

2021年以降の長期的な塗料価格上昇の背景には、以下のような複合的要因が存在します。これらは2026年時点の戦争によるショックが起きる前から業界に圧力をかけていた要因であり、現在の危機的状況においても引き続き関連しています。

  • 原材料価格の高騰: 自動車補修塗料の主原料である溶剤(トルエン・キシレン等)、合成樹脂(アクリル・エポキシなど)、顔料などの価格が2021年以降急激に上昇しました。新型コロナ後の世界的需要回復による化学原料の需給逼迫に加え、北米の異常気象(寒波)や大手化学工場の事故・火災などで主要原料の供給網が乱れ、例えばエポキシ樹脂は歴史的高値を記録しました。結果として、2021年頃から塗料各社の原材料コストが急騰し、それまでの内部吸収や部分的な転嫁では経営が立ち行かなくなったのが値上げの発端です。

  • エネルギー・物流コストの上昇: 原油価格の上昇と国際物流の混乱も塗料コスト増に拍車をかけました。ウクライナ危機以降のエネルギー価格高騰や海上輸送費の急騰、さらには国内のトラック運賃や倉庫費用の上昇により、製造・流通のあらゆる段階でコストアップが生じました。日本ペイントは2022年と2023年の価格改定時に運賃や物流費の上昇分も価格に転嫁しており、関西ペイントも2023年の改定で運送費の継続的な高騰を理由に挙げています。2026年のホルムズ海峡封鎖に関連しては、海上輸送ルートの不安定化や戦争リスクによる保険料上乗せなども原材料調達コストをさらに押し上げています。

  • 為替レート(円安)の影響: 2022年から2023年にかけて進行した急速な円安(一時1ドル=150円超)は、輸入原材料の価格を大幅に押し上げました。日本は塗料用原料の相当部分を海外(米ドル建て)に依存しているため、円安は企業努力で制御不可能なコスト増要因となりました。為替変動によるコスト圧迫は各社のプレスリリースでも繰り返し強調されており、関西ペイント・日本ペイントともに円安の影響を値上げ理由の一つとして挙げています。

  • 人件費・労務費の上昇: 日本国内の人手不足や最低賃金の上昇に伴い、製造現場や物流にかかる人件費が上昇傾向にあります。また、政府主導の働き方改革や物流の適正取引推進により、協力会社への支払い単価引上げ(運送業者への燃料費調整金や労務費改善など)が進んだことも、企業のコスト増につながりました。これらの人件費・労務費の上昇も、中長期的に塗料価格の下支え要因となっています。

  • 需要動向と市場構造の変化: 日本国内の自動車保有台数や新車販売台数は近年横ばい~微減傾向にあり、自動車補修用塗料市場規模は長期的には縮小傾向にあります。1989年に約450億円規模だった国内補修塗料市場が、2017年度には300億円弱にまで縮小したとの統計もあります。このため、メーカー各社は収益性確保のため製品単価の引上げや事業ポートフォリオの再構築を進める必要に迫られています。具体的には、海外市場(特にアジア新興国)への注力や、補修市場向けでも高付加価値製品(超速乾型塗料、低溶剤型塗料、環境対応型塗料など)の投入によって収益性を高める戦略を取っています。一方で需要回復期には補修塗料の消費が一時的に増加し、原材料需給の逼迫と価格上昇に拍車をかける場面も見られました。

以上のような構造的要因に2026年の地政学リスク(中東危機)が重なった結果、塗料メーカー各社の置かれた環境はこれまでにない厳しさとなっています。日本塗料工業会のデータによれば、2022年度には塗料製造コストに占める原材料費比率が約80%に達し(前年度比+3ポイント)、いかに原材料価格やエネルギー・物流費の高騰が企業収益を圧迫しているかが分かります。中小塗料メーカーを中心に利益率の悪化や経営体力の低下も指摘されており、主要各社においても研究開発や設備投資など長期的課題への投資余力が削がれる懸念があります。

今後の価格動向予測と業界の展望

現在までの潮流と直近の情勢から判断すると、自動車補修用塗料の高価格化傾向は今後もしばらく続く可能性が高いと予想されます。特に2026年初頭の中東危機によって塗料業界は新たな供給段階のリスクに直面しており、関係者からは「いつまで値上げが続くのか見通せない」との声も聞かれます。以下に、今後の動向に影響を及ぼす主なポイントを整理します。

  • 地政学リスクの行方と供給網再編: ホルムズ海峡封鎖という極端なケースが象徴するように、原材料供給の地政学リスクは今後も無視できません。仮に中東情勢が沈静化し海峡通航が正常化した場合でも、当面ナフサ価格は高止まりし、各社の調達コストに重くのしかかるでしょう。一方、封鎖が長期化する場合には、各国政府間の協調による輸送ルート確保(有志連合によるタンカー護衛や代替輸送経路の模索)や、主要化学メーカー間での融通融通や在庫共有といった緊急措置が検討・実施される可能性があります。しかし**「中東以外で日本向けナフサを代替するのは現実的ではない」とのアナリスト指摘もあり、供給途絶が長引けば政府が産業ごとの優先順位を決めて配給する事態すら想定されています。つまり、各社の原材料調達と生産計画は引き続き不透明要因が大きい状況です。

  • 価格改定の頻度と幅の「新常態化」: 2010年代までは数年に一度程度だった塗料価格改定が、2020年代前半には年に複数回実施される例も出てきました。この傾向は今後も続くとみられ、原価動向に応じて機動的な価格転嫁を行うことが常態化する可能性があります。特に2026年の戦時下では、月単位での追加改定すら現実となっており、顧客(自動車整備工場や板金塗装業者)に対して短いスパンで価格表を改定・通知するケースも今後増えるでしょう。このような頻繁な価格改定は業界内外に混乱をもたらす可能性がありますが、各社にとっては収益維持のためやむを得ない対応となっています。

  • 業界再編と価格決定力の変化: 大手企業による業界再編・寡占化が進むことで、市場における価格決定力も変化するでしょう。例えば、日本ペイントホールディングス(NPHD)は海外の塗料メーカー買収等を通じて事業規模を拡大しており、グローバル購買力の強化やスケールメリットによるコスト削減を図っています。国内市場では関西ペイントと日本ペイントという2強が高シェアを占めているため、両社が主導する形で価格維持・引上げ戦略が立てやすい環境とも言えます。他方、原材料調達においても資本提携や長期契約による安定確保の動きが進む可能性があり、業界全体でみれば国際市場に対する交渉力向上につながる面もあります。

  • 技術革新と代替素材の展望: 価格上昇への長期的対応策として、技術革新によるコスト構造の変革が期待されています。既に言及した水性塗料へのシフトは、溶剤使用量を減らし原油依存度を下げることで価格変動リスクを緩和できます。また、高固形分塗料や粉体塗料への移行も、有機溶剤の使用割合を低減し環境規制への適合とコスト低減の両立を目指す動きです。さらにリサイクル技術やケミカルリサイクル(使用済み溶剤の再生利用)も注目されており、2026年3月時点でも一部で使用済みエンジンオイルやシンナーの回収・再生成の取り組みが検討されています。これらの技術的ソリューションが進展すれば、中長期的には塗料の価格形成メカニズムにも変化をもたらし、石油原料に強く依存しないサプライチェーンが構築できる可能性もあります。

  • 需要サイドへの波及と市場環境: 塗料価格の上昇は、自動車補修産業におけるコスト転嫁の連鎖を引き起こしています。塗料やシンナーの値上がりはそのまま板金塗装費用の上昇につながり、損害保険会社の修理費負担増やユーザーの修理費用上昇をもたらします。結果として、保険料の見直しやユーザーの修理控えといった需要面での減退要因となる可能性も指摘されています。こうした二次的影響を踏まえると、塗料メーカー各社は単に値上げを繰り返すだけではなく、顧客への丁寧な説明やコストアップを抑制する製品・サービスの提供にも注力する必要があります。例えば塗装効率を高め歩留まりを向上させる塗料技術や、少量で高性能を発揮する製品の開発など、ユーザー側のトータルコスト負担を軽減する工夫が求められるでしょう。

総じて、塗料業界はコスト高と供給不安という二重の課題に直面しています。原材料市況や為替レートの動向によっては、一時的に価格上昇が緩和する局面もあり得ますが、石油化学産業全般に広がるコスト増の波及効果を踏まえると、自動車補修用塗料の価格は当面高水準で推移するとの見方が有力です。2026年3月時点では、戦争による急激な価格・供給ショックへの対応が緊急課題となっていますが、仮に情勢が落ち着いた後もインフレ環境下で上昇したコストベースが元に戻る可能性は低く、塗料価格が新たな常態として高値圏を維持することも予想されます。一方で、各社とも事業継続と顧客維持の両立に向けた努力を強めており、価格以外の面で付加価値を提供すること(製品の性能向上やサービスの質向上など)で顧客の納得を得る戦略が重要となるでしょう。

最後に、業界団体や政府も含めたレベルでの対応として、情報共有と協調がこれまで以上に求められています。日本塗料工業会など業界団体は会員企業や関連業界とサプライチェーンの安定化策を模索しており、政府も燃料価格高騰への補助金措置や備蓄制度の見直しなどを進めています。たとえば今回の事態を受け、政府はナフサなどエネルギー以外の石油製品も安定供給の観点から監視・支援していく姿勢を示しており、業界側も再生可能エネルギーや非石油系原料への転換といった長期戦略と、当面の価格・供給対策を両立させる舵取りが求められています。日本の塗料業界は今、かつてない試練の中で変革と安定供給の両立への模索が続いているといえるでしょう。

written by 窓際族・族長

◆ライタープロフィール
年齢・性別・所属・すべて不明。
堅苦しいのが苦手。すぐにふざける病に。しかも重度の厨二病を患っている。BSRwebの隙間の闇に生息する、謎多き人物。誰も正体を知らない(という設定)。
同僚からも一目を置かれている。物理的・心理的距離も置かれている。

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