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車両保険の怖い話……車両保険を利用すると、所有権を失うかもしれない
2025/07/01
■低額な保険価額と高額な修理費用の間で揺れる所有権
これから解説する内容は、あくまで自動車保険の約款を極端に保険会社側に有利な内容で運用した場合に可能性としてあり得るという話であり、実際に車両保険を利用して所有権を意図せず失った話は今のところ筆者は確認していない。しかし、カーオーナーが自動車保険に加入したり、利用する場合の判断に利用してほしいと考えている。
近年、市場価値が高騰するヴィンテージカーや旧車のオーナーにとって、自動車保険の車両保険における「全損」認定が新たな懸念事項として浮上している。人気の旧型スポーツカーなどでは、保険会社が設定する「協定保険価額(損害が生じた時の車の市場販売価格相当額として保険契約時に保険会社と取り決めた金額) 」が実際の市場取引価格を大幅に下回ることが多く、万が一の事故で全損と認定された場合、低額な保険金しか受け取れないだけでなく、修理後の愛車の所有権まで失う可能性がある。
大手損害保険会社の自動車保険約款によると、車両保険において車両が「全損」と認定されるのは、「修理できない場合」または「修理費が協定保険価額以上となる場合」と明確に定められている。そして、全損として保険金が支払われた場合、原則として保険会社がその車両の所有権を取得するとされている (この条項がない商品も存在する)。この規定は、過失割合が10割の追突事故の加害者になった場合や、過失割合が確定しないまま修理を進めたケースで車両保険を利用した場合にも適用される可能性がある。
例えば、市場で1,000万円以上の価値を持つ旧型車両が、保険契約上で最低協定保険価額の10万円と設定されていたとする。この車両が事故で修理費用が10万円以上かかる損害を負った場合、約款上は「全損」とみなされ、保険会社に車両の所有権が移転する可能性があるのだ。オーナーは低額な保険金を受け取る代わりに、手放したくない愛車を失うことが保険の約款上はあり得る。繰り返すが、そうした極端な運用事例は今のところ見聞きしていない。
■保険法に基づく「残存物代位」の原則
保険会社が車両の所有権を取得するこの仕組みは、保険法第24条に定められる「残存物代位」の原則に基づくものだ。保険法第24条は、保険会社が損害保険金を支払った場合に、その損害が生じた保険の目的物の残存物について、保険会社がその価額を限度として権利を取得することを定めている。つまり、保険会社が全損の保険金を支払うことで、その損害賠償の代わりに、損害を受けた車両の所有権を引き継ぐ形となる。大手損害保険会社の車両保険約款に明記されている所有権取得の条項は、この保険法の大原則に則ったものだ 。
ただし、約款には例外も存在する。「地震・噴火・津波車両全損時一時金特約」が付帯されている場合は、保険金が支払われても車両の所有権は保険会社に移転しないと明記されている 。また、
保険会社がその権利を取得しない旨の意思表示をして保険金を支払ったときは、契約自動車の所有権その他の物権は保険会社に移転しない 。
一方、自動車保険には、対人賠償責任保険や対物賠償責任保険といった「損害賠償責任保険」も存在する。これらは、事故で他人に与えた損害を補償するものであり、保険契約者自身の車両の所有権が保険会社に移転するという規定は、約款上には存在しない。この点は、自己の車両の損害を補償する車両保険とは明確に異なる。
■保険約款の確認と保険内容の見直しを
この事態を避けるには、カーオーナーは自身の加入している自動車保険の約款をよく読み込み、その内容を理解することが極めて重要となる。特に、
協定保険価額 の設定、車両保険の補償内容、そして「全損」認定の基準とそれに伴う所有権の扱いについて、改めて確認を怠ってはならない。
■保険価額のあり方に疑問。ユーザーの不信招くのではないか?
そもそも市場価値が高い旧型車両のカーオーナーにとって、保険価額が市場価値を大きく下回る金額でしか設定できない車両保険に、意味があるのだろうか。保険金が支払われても再調達すらままならない金額では、保険の意義が問われる。保険業界は、市場価値の高騰する旧車に対し、再調達価額を考慮した金額で保険をかけられる選択肢を用意する必要があるのではないか。
現在の仕組みでは、例えば修理費用がわずかな事故であっても、保険価額が低いために「全損」と認定され、保険会社がその車両を安価で引き取り、市場で高値で転売できてしまうという運用も損害保険会社が強く出れば可能になっている。このような状況は、ユーザーからの不信を招きかねないのではないか。
■トラブル回避へ、オーナーは自衛策を
愛車が希少価値を持つオーナーは、万が一の事態に備え、現在の保険契約の内容が自身のニーズに合致しているかを見直す必要がある。協定保険価額の再設定交渉や、特約の追加など、愛車を守るための積極的な自衛策が今、求められている。特に車両保険を利用する際は、保険会社が「権利を取得しない旨の意思表示」をしたことを示す書類を作成してもらうなど、所有権の移転に関する取り決めを明確にしてから手続きを進めるべきだろう。
<文・石芳賢和>