JOURNAL 

    <小説>鼓動 もう一つのスクープ(第18話)

    • #一般向け

    2022/02/08

    BSRweb小説企画第一弾

    業界記者の視点で描く、自動車業界を題材にしたオリジナル小説。
    (第1話へのリンク)

    ※この小説はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。


    第18話 社長の造反劇

    「何故だ! 赤字だったのを黒字にしたのは私だ。黒字体質に転換し、今、中期経営計画に沿って着実に改革を進めているというのに」
     2010年に毎日自動車新聞の社長に就任していた西沢公一が大きな声で叫んだ。
     決算に関する役員会で西沢社長は初めから自信たっぷりに良好な決算内容を詳述していた。今期は好決算を出したことを誇らしげに説明してる途中で、発言を遮られたことにムッとした表情を見せる。発言の途中で横やりが入るとは夢にも想像していなかった。
     西沢社長がまだ信じられないという表情を見せている時、「まだ分からないのか、社長職を辞して頂きたいと言っているのだ。印刷部門の抜本的改革や本社移転問題など構造的な改革が遅々として進んでいない」と同社の武内和男会長が緊急動議を発したのだ。
     「構造改革が進展していない、と言うが、社長に就いてからは朝早く出勤して、社内改革と人員の効果的な配置転換の陣頭指揮をとり、それなりの成果をあげている」と反論する西沢社長。
     「今、言ったように、黒字化や会社組織の簡素化はアナタの手腕で実現したものではない」と応酬する武内会長。
     「まだ、中期計画の途上で、最終年の2年後には目標の課題を成し遂げる考えで進めているところなのに。私は到底納得できない」と激しく抵抗する。
     社長がこれまで進めてきた社内改革の成果を強調するものの、社長以外の三人の役員全員が社長退任に賛意を示した。武内会長が二人の役員にあらかじめ社長退任の理由を説明していたのだ。これにより、株主総会を待たずに事実上、解任が決まった。
     毎日自動車新聞社の社長職の任期は一期三年と内規に決められているが、通常、二期六年の満期を経て交代する。一期途中で解任されるのは異例中の異例だ。
     この社長解任劇は社員間で動揺が広がる一方、労組役員も情報収集に躍起となった。社員の一部は「今回の解任は理不尽」と主張し始めた。怪文書も複数出始め、中には「前社長の業務改革を支持する」と態度を鮮明にし、あえて自分の名を最後に明記した社員まで出る始末。
     社長職を外された西沢は各メーカーに今回の強引な退任の実情を説明する一方、帝都自工の広報担当・加賀弘志専務宛に長文の手紙を書くなどの反撃を開始した。

     「赤字体質を脱却し、黒字を続けているのに、今回の社長解任にはどうしても納得できない」と、切々と訴える内容だ。その手紙は帝都自工の中川勲広報部長の元に。
     「こんな手紙が来ているゾ。私の手を煩わせるナ」と、半ば放り出すように手紙を示す加賀専務。
     毎日自動車新聞の社内が混乱する中で、タイガーの新車披露会で話題の西沢と会った北沢真一は帝都自工に詳しい世良優太と一緒に「何か手伝うことがあれば動くよ」と、前置きした後で「帝都自工を多少揺さぶるネタはあるよ」と協力する姿勢を示す。
     「協力恐れ入ります。私としては納得するまで抵抗したい」と旗幟鮮明にする西沢だ。
     「よし、それなら行動を起こそう。私に考えがあるので、任せて欲しい」と強調する北沢。そう見栄を張ったものの、一体どんなアプローチ作戦が最良か、長く思案した。その結果、効果的な作戦を実行に移すことにした。まず、帝都自工の加賀専務の自宅を自動車専門の人名録で調べた。東京・港区の高級マンションの自宅に張り込みを開始、出入りの時刻を一週間かけてチェックして実行日を決めた。世良に実行日当日の車の手配と、さらに田村正勝にも手伝いの協力を求めた。
     決行日の早朝、高級マンションの駐車場から加賀専務を乗せたハイヤーを確認、北沢が玄関前の道路に待機していた世良に手で合図すると同時に、田村にあらかじめ示し合わせていた玄関前の歩道で靴紐を結ぶ仕草を始めた。そこに専務を乗せたハイヤーが玄関前を通過、歩道に人が跪いている姿を見て一旦停車した。
     停車した瞬間、北沢がハイヤーの後部座席に座っている加賀専務にガラス越しに大文字で書いたタブロイド判紙面を掲げ、降りて話を聞いてもらいたい意思表示を見せる。
     「加賀専務、前秘書との愛人関係を問う」と大書きした見出しの内容は事実か否か問い質そうとした。しかし、加賀専務を乗せた高級車はそれを無視して猛スピードで走り去った。この意外な行動に北沢は筋書き通りにいかなかったと思い、しばらくその場を離れることが出来なかった。
     翌日、帝都自工の中川広報部長から電話があり、「北沢さん、専務が用件があるようなので連絡してください」と。織り返し加賀専務の秘書室に連絡、用件を伝えた。するとすぐに加賀専務につながり、「君、昨日のあれは何だ! デタラメばかり書くんじゃあないよ。もう取材は受けないからな」とまるで恫喝まがいの言葉を投げつける。
     「専務、ウソじゃあないですよ。ちゃんとホテルから手をつないで出てくる場面は写真に撮ってありますよ」と証拠もあると伝える北沢だ。
     まだ、話の途中にも関わらず専務との電話は切れた。
     今回のアクションの一部始終を説明するため、現在、相談役の肩書になっている西沢と行きつけの新橋のカフェで会う。
     その場で「北沢さん、俺もう疲れた。これ以上徹底した反撃を続けても何も変わらない」と戦意喪失した西沢に変わっていた。
     社長復帰に意欲満々だった時に比べ打って変わった豹変ぶりに「何かあったな」と直感した北沢は「西沢さん、都合が悪い問題が起こりましたね」とズバリ問い質した。
     「いやー、実は大変困ったことになりましてね」
     貴方たちが直撃した加賀専務が中川広報部長を役員室に呼びつけ、「君に言ったはずだぞ。私のところまでこんな些細な事を持ってくるなと。何だったら業界紙の役割はもう終わっている。もう、毎日自動車新聞なんかはいらないゾ」とひどく怒っている、というのだ。
     専務の意を受けて、帝都自工の中川広報部がすぐに、毎日自動車新聞社の新しい社長に就いた野口洋に直接、電話し「これまでずーっと応援してきたが、見直さなければいけない最悪の事態になるかも」と言ったそうだ。
     よっぽど加賀専務の愛人問題がこたえたのか、多少の効果があった反面、不本意な毎日自動車新聞の経営にまで及ぶ恐れが出てきてしまったことを反省する。業界紙の致命傷を突く卑怯な手を使ってきたのだ。
     自動車業界は不況下で、広告収入が激減している。トキワ自工に至っては「オタクに広告を出しても商品の増販に全く効果がない。これからは車の売り上げに直接つながる企画を持ってきて。ウツは良い企画にはいくらでもお金は出すよ」(浦沢英樹広報課長)とハッキリ言う。事実上、お付き合い広告は出稿しないメーカーが相次いでいた。

     これ以上の混乱は不本意、「これまでの主張をやめて静かに会社を去るよ」とハラを決めた西沢。
     西沢の決意を聞いた以上、我々だけで行動を起こすことはもうできない。この件で撤収することを協力してくれた世良と田村に伝えた。
     今回の社長への造反劇は人間関係の「事実は小説より奇なり」を地で行くような出来事。社長だった西沢と毎日自動車新聞の武内会長、それに帝都自工・広報部長の中川の三人は自他共に認める刎頸の仲だったからだ。帝都自工の直言を聞かない西沢に対して、帝都自工の意向を汲んだ武内会長が仕組んだ造反劇だったことが後に判明した。

    <筆者紹介>
    中野駒
    法政大学卒 自動車業界紙記者を経て、自動車流通専門のフリー記者兼アナリスト。業界歴併せて40年。

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