JOURNAL 

    <小説>鼓動 もう一つのスクープ(第15話)

    • #一般向け

    2021/11/17

    BSRweb小説企画第一弾

    業界記者の視点で描く、自動車業界を題材にしたオリジナル小説。
    第1話へのリンク

    ※この小説はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

    第15話 M&Aの失敗

     「ウチのエンジンクリーニング機器を買ってくれる会社は有りませんか」
     顧問契約している栄光オートテックの藤田和彦社長が自分の会社を身売りする意向を相談された北沢は結婚相手を探すことにし、三千枚の名刺の中からベンチャー企業で業務を拡大している新アクティブを選び早速、同社の川添重人社長に連絡。翌日早朝に会うことを約束、その旨、藤田社長に連絡する。
     新アクティブ社に出向いた藤田社長は社長室の黒板にエンジンクリーニング機器の性能がいかに優れているのかを数字を交えて説明。エンジンクリーニングをすることで、副次的な燃費効果が上がることを大学教授の実験結果の数値を挙げて力説する。黙って説明を聞いていた川添社長は矢継ぎ早に質問する。「まず、栄光オートテックの収益決算書を出して、それからエンジンクリーニング市場での競争力、シェアはどうなんですか」と。
     「収益バランスシートは今、持参していますのでお見せします。市場での競争力、シェアはまだ一年程度の浅い歴史しかないので、云えるほどの実績数値ではありません」と正直に答える藤田社長。
     早朝始まった交渉は昼食も取らずに、都合八時間話し合いがもたれた結果、川添社長が口を開いた。「自社で大々的に売り込みを掛けましょう。社員全員と社長も一緒に引き受けましょう。明日八時にご足労を掛けますが来社して下さい。正式な買収契約を交わしましょう」

     事実上、吸収合併が決まった瞬間だ。新アクティブを後にした時、「北沢さんのご尽力で話がうまく行きました。このお礼はちゃんとします」と喜びを率直に表す藤田社長。このM&Aの成功でかなりの報酬が得られると皮算用した北沢だが翌日、ぬか喜びに終わる結果が待っていた。
     自宅に早朝電話が鳴り、「昨日の話はなかったことに。ウチの顧問コンサルタントに相談したところエンジンクリーニングは、すでに市場価値はないとの判断だったので、先方にもその旨よろしく言っておいて」と淡々と語る川添社長。車のエンジン内部をクリーンにすることで燃費効率を改善する機器として市場に数年前から徐々に浸透した結果、「アフター市場ではすでに参入する余地なし」の結論に至ったというのだ。
     悪いことは重なるもので、数年かけて進めていたメーカー・タナカ自工と全国に百五十店舗の中古車販売網を持つアップル企画を結びつける交渉も急に頓挫した。
     「中古車の話は白紙にして。昨夜の緊急販売会議で全ての計画を凍結、との結論に至った。諸般の事情、特に経済環境が今は最悪だ」と申し訳なさそうな声で語るタナカ自工の市川庄司常務。結果的にM&Aの成功事例は消し飛んでしまうことに。

    <筆者紹介>
    中野駒
    法政大学卒 自動車業界紙記者を経て、自動車流通専門のフリー記者兼アナリスト。業界歴併せて40年。

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