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<小説>鼓動 もう一つのスクープ(第10話)
2021/08/06
BSRweb小説企画第一弾
業界記者の視点で描く、自動車業界を題材にしたオリジナル小説。
(第1話へのリンク)
※この小説はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
第10話 岩崎自動車、起死回生の一手
「岩崎自動車のマル秘文書を持っているが、要る」と常時付き合っているカーアナリストの田中正造が大変インパクトのある書類を示す。
「どんな書類なの。少し見せてもらわないと答えようがない」と、余り興味がない態度をとる北沢。田中の持っている情報は眉唾ものが多いため、ハナから乗り気ではなかった。それに良い情報と相手が判断した場合、謝礼を要求することもあるからだ。
「では少しだけ見せるよ。これは新車開発の向こう5年間の開発・販売一覧表だよ」と見開きの一覧表を得意げに見せる田中。これには食指を動かす北沢、「文書を預からせてくれる。真偽を確かめる必要があるので」と。
一時預かったは良いが、岩崎自動車にはあまり知り合いがいないため誰に、どうアプローチしていいか全く自信がなかった。それでも過去に取材した相手の中から、まず岩崎系商社の岩崎商工自動車部の市村泰助課長を選び新車スケジュールの真贋を聞いた。その結果、思いもよらない事実が明らかになると共に、同社自動車部に新事業店舗募集センターを開設したというのだ。募集センターでは既存の岩崎自動車系列販売店とは別に異業種の系列資本で新規店舗群を作る計画。全く新しい発想で店舗を拡大する構想である。
壮大な構想の一端が見えてきたものの、肝心の新車一覧表の具体的な車種と発売時期が不明瞭だ。岩崎自動車の役員に面識が少ないため思案した結果、ちょうど新車発表会がANAホテルで開かれるので、その場で直接聞いてみることにした。発表会後に催された披露パーティーで少々顔見知りの藤村優一専務を見つけ、「新型車を相次いで出す予定ですよね」とぶしつけに聞いてみた。「何ですか、それは。君に何か話すと危ない」と、全く相手にされず他のテーブルに足早に去って行った。パーティーでは無収穫に終わるのか、と半ばあきらめかけていた時、近くに岩崎自動車開発チーム責任者の名刺が目に留まった。名刺には車両開発主任・村上孝二と記されている。ダメ元で声を掛ける。
「来春には新しい車を発表する予定ですよね」と、あたかも知っているフリをして聞いた。「そうです。新しい高級車と量販車、それに四輪駆動車ももう間もなく発表できると思います」
北沢は村上主任の話を聞きながら、新車開発スケジュール工程表に沿った新車発売時期と符合すると感じ内心、小躍りした。田中のマル秘文書の入手先は分からないが、文書の内容が事実であることが関係者の取材で明らかになり、同時に大きな収穫まで得られた。これでスクープ記事がモノに出来ると判断、週刊誌と業界紙用に長文の記事をまとめ上げた。
『岩崎自動車は来春以降、国内市場に矢継ぎ早に新商品を登場させる計画』具体的には「法人需要を狙った高級車、人気の出ている四輪駆動車、さらには新中型車、新量販車と軽自動車を順次、各系列のチャンネルに乗せる」と新銘柄の発売時期とその大まかな対象ユーザー層を記した。加えて、全く新規の展開として、「岩崎商工が直接、新店舗展開を計画。同社自動車部内に店舗センターを設置、独自に選んだ異業種資本の地場企業に参加を呼びかけ当面、二百店舗体制を目指す」と新店舗網の確立を明らかにした。
<筆者紹介>
中野駒
法政大学卒 自動車業界紙記者を経て、自動車流通専門のフリー記者兼アナリスト。業界歴併せて40年。
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