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<小説>鼓動 もう一つのスクープ(第9話)
2021/07/29
BSRweb小説企画第一弾
業界記者の視点で描く、自動車業界を題材にしたオリジナル小説。
(第1話へのリンク)
※この小説はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
第9話 松沢工業が放った新機軸
「手数を掛けますが、松沢工業についての怪文書を入手できませんか」と、帝都自工の中川広報部長から電話が掛かってきた。帝都自工にとっては取るに足らない情報だと思う半面、情報ネットワークの凄さに驚く北沢だ。
松沢工業の知り合いに頼んで怪文書を入手。それによると、「80年前に外国資本を受け入れたものの、一向に経営改善が進まないし、首脳陣の中枢は外国人ばかり。プロパーをトップに据えた経営立て直し策を明確にし、過剰な人員削減と系列ディーラーへの出向を止めろ」と、メーカーへの激しい攻撃が綴られている。
怪文書を帝都自工に送ると早速、丁寧な礼の言葉の後、「お返しと云っては何ですが、松沢工業さんが新しい動きをしているようです」と何かを暗示する内容の情報をくれた。新しい動きとは一体何なのか、気になった北沢は、かねてより情報交換している松沢販売店の戸井田昇常務に連絡を入れ翌日、本社応接室で会う約束をした。
当日、開口一番、「松沢工業の新規ビジネスへの参加要請があって、今バタバタしている最中」といかにも慌ただしい口調で語る戸井田常務。「どの程度、新しいビジネスは進捗しているのですか」と北沢はせき込むように質問する。
「数年先の計画のようだ。米国フーバーの色彩の強い販売網を作る。国内の販売体制をどう構築するか、そのメソッドを検討中」と、新ビジネスの中核に触れる。松沢工業の新中期経営計画の全体像を浮かび上がらせてくれる。
当時、日刊経済新聞や西洋経済も断片的にではあるが米フーバーに関する話題を取り上げていた。
そんな中、週刊トップに「松沢工業は新機軸打ち出す。既存の系列販売網とは別に米フーバー系販売チャンネルを作る。新チャンネルには新型量販車とCI(コーポレイト・アイデンティ)を展開」と、特集記事が掲載される。業界内にはインパクトを与えたものの、一般消費者への影響は限定的だった。しかし、その後、着実に販売網を拡げ米フーバー製の新型車や松沢工業からの双子車投入も手伝って、ユーザー間に一定程度浸透していった。しかしながら、巨大ネットワーク確立には至らなかった。その後に登場したニューモデルの価格設定が割高感を拭えなかったことで、不振から脱出できない状況を招いてしまった。
<筆者紹介>
中野駒
法政大学卒 自動車業界紙記者を経て、自動車流通専門のフリー記者兼アナリスト。業界歴併せて40年。
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